第59話 ゴブリンテイマー、窮地に陥る

「あれは、マスターが言っていたフライングセンチピード!」


 十数体に及ぶ巨大魔物は、それぞれの頭の上に一人づつ兵士が乗っているようで。

 どうやら彼らがそれぞれのフライングセンチピードテイマーだろう。

 そしてその後ろに三人ほどの兵士が同じように騎乗している。

 それぞれ人数は違うが、弓を手にした者と、杖を構えている者がいる。


「まさか」


 僕が徐々に近寄ってくるセンチピードの群れを、嫌な予感をむねに見上げていると。


「みんな、逃げろ!!」


 センチピードの背に騎乗した兵士たちから炎の魔法と矢がこちらに向かって放たれた。

 そしてそれは一瞬前まで僕たちが休憩のために集まっていた場所へ次々と着弾する。


『ゴギャッ』

『グガッ』


 逃げ遅れた数人のゴブリンが悲鳴を上げて燃え上がる。


「今助けに――」


 思わず僕は逃げ込んだ大木の陰から飛び出そうとした。

 だが、その手が強い力でつかまれ引き戻される。


 トスッ!

 トストストスッ!!


 その目の前に数本の矢が突き刺さった。

 もしかして。

 いやもしかしなくても僕が狙われていたのか。


『ゴブッ』

「ありがとうゴブト」


 とっさに僕の手を引いてくれたのはゴブトだった。

 僕はそのままゴブトに手を引かれ森の奥へ駆け込む。


「でももう少しお手柔らかに頼むよ」


 僕はゴブトの手形が付いた腕をさすりながら、落ち着いて現状を把握するために周囲を確認する。

 最初の攻撃に一瞬早く気がついたおかげでこちらの被害は少ない。

 だが既に最初の戦いで、こちらの魔法部隊はゴブナとゴブミン以外を残し、戦える状態では無くなっている。

 こうなると、最初の奴らの行動はこのための作戦……こちらの対空戦力を減らすための戦略だったのでは無いかとすら思えてくる。


「あの慌てようからすると、その後の反撃は予想外だったみたいだけど」


 だが、現にこちらには空の敵に対して打つ手がほとんど無い。

 森に逃げ込んだゴブリンアーチャーの矢も、フライングセンチピードの固い殻と兵士の鎧に弾かれている。

 時折放たれる魔法はゴブナたちだろうか。

 だがそれも飛び回る相手に当てるのは困難で。

 逆に発射点を狙われて集中砲火を浴びている。


「このままじゃじり貧だね」

『ゴブ……』


 その間も空から次々と周りの森へ炎の魔法が打ち込まれていく。

 空からの攻撃が厄介だと言うことは、冒険者になる前に住んでいた森で体験していた。

 だが、あの時は多くて二体のグリフォンだった。


『ゴブ!』

「あれをやるって? でもあれは」

『ゴブッ!』


 ゴブトが僕に提案したのは、そのグリフォンをたたき落とした時に使った技で。

 かなりの危険を伴う技だ。


「そこまで言うならもう止められないね。まかせたよ」

『ゴブ』


 ゴブトはそう返事をして僕を残し駆け出していく。

 そして、何度か吠えると彼の周りに数人のゴブリンたちが走り寄ってくる。


 ゴブトを入れて総勢六人のゴブリン。

 その一団が降り注ぐ魔法と矢の雨を避けながら一体のフライングセンチピードの下へ走り込む。


『ゴブッ!』

『『『『『ゴブゥッ!!!』』』』』


 センチピードの背中に乗った兵士たちの死角に入った瞬間、ゴブトの号令に合わせ、五匹のゴブリンたちが手を中央で握り合う様にして輪を作る。

 そしてその輪の中心に向けてゴブトがジャンプした。


『ゴブゥゥゥゥゥ!』


 ゴブトが重ね合った手の上に乗った直後、ゴブリンたちが一斉にその手を上に上げ、ゴブトを空へ打ち上げたのだ。

 これこそグリフォン戦で編み出したゴブリンの協力技、通称『ゴブリンミサイル』である。


 勢いよく飛び上がったゴブトは、そのままその身体能力を使ってフライングセンチピードに張り付くと一気にその背へ移動する。

 それからはゴブトの一人舞台だ。


「なっ、お前。どうやって」 


一瞬にして目の前で唖然とする兵士を切り捨てると、慌てて振り下ろされた兵士の杖を掻い潜り二人目、三人目と倒していく。


「ひ、ひぃぃぃ。振り下ろせセンチピード!!」


 残るはこのフライングセンチピードのテイマー一人。

 彼は予想外の出来事に驚き、なんとかゴブトを空中へ放り出そうと指示を出す。

 だが、時既に遅し。


「ひゅっ……げふぅっ」


 絶妙なバランス感覚で駆け寄ったゴブトの双剣によってその体から命が消えた。

 ゴブトはその体を空中に捨てると、彼が建っていた場所に向けて双剣を振り下ろした。


 そこはフライングセンチピードの体で唯一殻で覆われていない場所。

 つまり急所だった。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ』


 急所を突き破られたフライングセンチピードが吠え暴れ出す。

 地上であればゴブトも直ぐに距離を取っただろう。

 だが、その場所は空中である。


『ゴブッ』


 必死にしがみついていたゴブトが空中へ投げ出され。


 バシィィッ!


 暴れ回るフライングセンチピードの長い体にたたき落とされたのだ。

 普通に飛び降りたのであれば、今のゴブリンオーガに進化したゴブトなら着地は容易だったろう。

 だが、フライングセンチピードによって地面に向けてたたき落とされた状況では、さすがのゴブトも受け身を取るのが精一杯で。


「ゴブトッ!!」


 叩き付けられ、ゴロゴロと地面を転がるゴブトに向けて僕は叫んだ。

 ゴブリンは空を飛ぶことは出来ない。

 だからあの技は諸刃の剣。

 やはりあまりに危険すぎた。


「ゴブ……ト」


 地面を転がったゴブトは、そのままうつ伏せになり動かない。

 そして、ゴブトを打ち上げたゴブリンたちは、既にほかのフライングセンチピードからの攻撃を受け散り散りになっていて、ゴブトの近くには誰も居なくなっていた。


 冷静に考えれば、テイマーバッグへゴブトを戻せばいい。

 それで彼は助かったのに。

 だけど僕は、思わず隠れていた森の木々から飛び出してしまっていた。


「居たぞ!!」


 そしてそんな僕を待ち構えていたのは、一体のフライングセンチピードと、その背に並んだ兵士たちの姿。

 僕は彼らがその手に持った弓を引き絞り、杖の先に魔力を集中させるのを、時間が止まったかのような感覚の中、絶望的な気持ちで見ていた。


 ああ、僕はここで死んでしまうのか。

 まだやりたいことは沢山あったのにな。


 ルーリさん……ごめんね。

 一応ダスカス公国軍の足止めと時間稼ぎは出来たと思うから、誉めて欲しいな。


 ゆっくりと流れる時間の中、僕はそんなことを考えながら、兵士から最後の一撃が放たれるのを――


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 ゴゴゴゥッ。

 ドガガガガッ!!


 途轍もなく大きな咆哮。


 その直後、今にも僕に向けて攻撃を放とうとしていた兵士たちが、騎乗していたフライングセンチピード共々目の前から消え去った。


 いや、僕は見た。

 あの瞬間、フライングセンチピードの体に巨大な炎の固まりが激突し、そのままフライングセンチピードが炎に包まれ弾き飛ぶ姿を。


 まさかゴブナの魔法?

 いや、いくらゴブナでもあれほどの威力がある魔法はまだ使えない。

 だとすると……。


 僕は呆然と空を見上げる。


 その空の上。

 次から次へと炎に巻かれ墜落していくフライングセンチピードの姿がそこにはあった。


「まさか……」


 僕は未だに死の恐怖で震える体を、必死にその火球が放たれた方へ向けた。

 そこには――


『ガァァァァァォゥ』


 大きくその顎と翼を広げ、雄々しく羽ばたくワイバーンが天空の王者のごとく君臨していたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る