第58話 ゴブリンテイマー、激闘す

 初手。

 僕の号令で放たれた魔法は、迫りくるダスカス公国軍の最前列に確実に着弾した。

 そのはずなのだが。


「あまり効いてない?」


 十人ほどで横に並んだ並列に確かに直撃したはずの魔法だった。

 なのに見える範囲で倒れているのは直撃した中央部分を中心に十人にも満たない数で。


「先頭の兵には魔力防御が付いた装備でも着させてるのかも」


 ダスカス公国軍は奇襲攻撃を受けることは想定済みなのか、特に混乱も無く先頭で倒れた兵士たちを後方へ送り、先頭集団をあっという間に補充する。

 あれが冒険者の集まりであれば、最初の奇襲である程度の混乱を見せただろう。

 そうすれば時間も稼げただろうが、さすがは軍隊である。

 戦い慣れている。


 僕は改めて気を引き締めると、ゴブナたちに第二射の準備をさせる。

 それと共に、脳内に浮かぶゴブリンたちの中で、ゴブリンメイジを中心とした遠距離魔法が扱える者を選び今度は僕自身から彼女たちに魔力を送っていく。


「これくらいで良いかな。あまりやり過ぎると魔力切れになりそうだ」


 僕の魔力はギルマスとルーリさんが言うには桁外れに多いらしい。

 だけど、いくら召喚するのに消費魔力がかなり少ないゴブリンたちとはいえこれだけの数を維持しようとすると、そんなに余裕があるわけじゃ無いのだ。

 そこに更に補助魔法で魔力を使うとなると、それほど長期の戦いは出来ない。


「今度こそ効いてくれよ。撃て!!」


 僕は隊列を立て直したダスカス公国軍に向けて第二射を放つ様、もう一度号令を掛ける。

 同時に、先ほどの数倍はあろうかという火球が森の各所から放たれた。

 通り道の木々を燃やしながら突き進むそれらは、今度も狙い違わずダスカス公国軍へ突き刺さる。


「どうだ!?」


 一瞬後、輝く光と少し遅れて轟音が僕の目と耳を眩ませた。

 キーンと鳴る耳を押さえ、僕は着弾地点に目を向ける。


「やった!」


 そこには大きくえぐられた地面と、その周りで倒れている何十もの人影が見える。

 今度の魔法はどうやら相手の魔法防御を完全に打ち破ることが出来たようだ。


「これで相手が怯んで、いったん撤退でもしてくれれば儲けものだけど」


 もちろんそんなことは無かった。

 かなりの被害を受けたはずのダスカス公国軍だったが、先ほどと同じように慌てる気配も見せず淡々と倒れている人たちを後方へ送ると、また先頭が入れ替わる。

 今度は見るからに立派な盾を構えた重装兵を先頭に爆撃で空いた穴を迂回しながら進軍を再開する。


「もう立ち直ったのか。早すぎる」


 僕は自分の中の残存魔力を確かめながら、ゴブナたちにもう一撃同じように強化した魔法を放たせるか考える。


『グギャッ』


 その時だ。

 僕の脳内にゴブリンの叫ぶ声が届く。

 それは森の中に潜んで遠距離攻撃をしていたゴブリンの一人で。


『ギャギャッ』


 今度は道を挟んで反対側。

 そしてその声はどんどん増えていく。


『ゴブッ!!』

「ああ、わかってる。森の中のみんな、警戒しつつ下がれ!!」


 どうやら森の中にダスカス公国軍が送り込んだ部隊がいるようだ。

 初めての集団戦、初めての軍隊を相手にした戦いで僕は相手を甘く見すぎていた。


 少し考えれば当たり前のこと。

 相手が街道脇の森を警戒しないわけが無いのだ。


「せめて近接戦闘が出来るゴブリンを護衛に付けるべきだった」


 真正面からの戦いの為に、遠距離攻撃が主体のゴブリンと、近距離が主体のゴブリンを完全に分けてしまったせいで、近距離に迫った相手に対して後手に回ってしまった。

 森の中にいるダスカス公国軍の別働隊がどれだけの規模かはわからないが、脳内に展開しているゴブリンたちの気配が少しずつ消えていく。


 もちろん一方的にやられているわけでは無い。

 元々森の中での戦闘ならゴブリンたちの方が得意なのだ。

 だけど、今回は完全に全員遠距離クラスのゴブリンたちだけを配置してしまったせいで、ゴブリンたちの連携も上手くとれていない。


「思ってた以上に軍隊相手ってのはっ」


 僕は眼前から迫り来るダスカス公国軍の本体を睨み付けながら、ゴブリンたちに指示を出し続けた。

 おかげで森の中での戦いは、相手の一方的な不意打ちを受けていた当初から、逆にこちらが押し返すまでになっていた。


 その代わり、街道沿いの森はゴブリンメイジの放った魔法によってかなり破壊されてしまった。

 さらに魔法部隊のゴブリンたちは、一部を除きかなり負傷してしまったため、テイマーバッグへ戻さざるを得ない状態になっている。


 だが、もう相手は目の前。

 ここから先は近接戦闘部隊の出番だ。


「ゴブト、準備は良いかい?」

『ゴブッ!』


 眼前まで迫ったダスカス公国軍を、百体ほどのゴブリン軍団が待ち受ける。

 数も装備も圧倒的に相手の方が上だ。

 だけど、一人一人の力は相手よりゴブリンたちの方が遙かに優れているはずで。


「いくぞ!!」


 僕はそう気合いを入れると目の前に並ぶゴブリンたちに、今できる限りの補助魔法を掛ける。

 残存魔力は現状を維持出来るほどしかないが、これだけ強化すれば軍隊だろうが押し返せるはず。


『ゴブブブッ!』


 ゴブトが吠えると同時に、一斉にゴブリンたちがダスカス公国軍へ襲いかかった。

 その速度は僕ですら一瞬見失うほどで。


「!!」


 一瞬にしてダスカス公国軍の戦闘を固めていた重武装兵が頽れる。


「いける!」


 そしてそのままゴブリンたちは整然と並んだ軍列に突っ込んでいくと、次から次へ兵士たちを叩き伏せていった。

 ダスカス公国軍はまさか重装兵が一瞬で崩されるとは思っていなかったのだろう。

 遠距離攻撃ではなかった混乱を見せ、隊列が崩れ始めた。


「こいつ!」

「おい退け! 剣が使えない!」

「お前こそっ……ぎゃーっ!!」


 ゴブリンたちは兵士と兵士の間に、その小さな体を上手く潜り込ませることで、相手が味方が邪魔で攻撃できないように動く。

 所々ではそのせいで同士討ちすら起こっているようで。

 どうやら先頭の精鋭部隊以外はダスカス公国軍といえども練度はそれほどでも無いようだ。

 

「なんだ。これなら僕だけで軍隊を倒せちゃうんじゃ……」


 たしかに次から次へと後方から兵士はやってくるが、後方に行けば行くほど練度が落ちていくように思える。

 戦争の場合は軍隊と言っても、実際は傭兵や一般に徴兵された人々が大半だと聞く。

 多分、ダスカス公国軍もその例に漏れず、先頭と指令を出す司令部を固める兵士以外はそれほど協力では無いに違いない。


「このまま相手の司令部を潰せばっ」


 相手の奇襲を受け、かなりの苦戦を予想していたけれど、それを乗り越えてしまえば後は思った以上に相手はもろい。

 このままゴブリンたちで一気にダスカス公国軍は押しつぶせる。


 この時、僕はそう簡単に思っていた。

 だけど――


 プワーッ! プワーッ!


「ん?」


 ダスカス公国軍の後方から、戦場に突然鳴り響いた音に僕は眉をしかめる。


「一体何の音だ」


 そう思っていると、今までゴブリンたちと必死に戦っていたダスカス公国軍が、慌てたように後退し始めた。


「もしかして撤退の合図なのかな」


 このまま相手の撤退を許さず攻め入って本陣を潰すことも可能かも知れない。

 だけどこちらも遠距離攻撃部隊を筆頭にかなりの被害が出ている。

 ゴブトたちにはほとんど被害はなさそうだけど、彼らに掛けた補助魔法もそろそろ切れるだろう。


「こっちも一旦ひいて治療と魔力回復に努めたほうがいいかな」


 戦闘の最中では、テイマーバッグの中に送る魔力も少なく、怪我をしたゴブリンたちの回復も進まない。

 それに、もう少しすればアガストさんが援軍を連れてきてくれるはずだ。


「ゴブト、こっちも一旦引いて立て直すよ」

『ゴブッ』


 僕の声を受けてゴブトたちが引き返してくるのを見ながら、僕はその場に座り込む。

 初めての大規模戦闘。

 初めての戦争は、思っていた以上に僕の心と体を疲弊させていたようだ。


「あのまま続けてたら持たなかったな」


 だけど、僕はこの時相手を引かせるべきじゃ無かった。

 あの勢いのまま相手を追い詰め、混戦の中とどめを刺すべきだったのだ。

 なぜなら――


『ゴブッ!!』

「な、なんだ!?」


 ダスカス公国軍が撤退したその先を油断なく見つめていたゴブトが突然吠える。


「あれは……まさか」


 ゴブトの視線を追った僕の目が見たのは、ダスカス公国軍の影ではなくその上空。


 長く大きな体をうねらせて、こちらに一直線に向かって飛んでくる数十体のフライングセンチピードの姿だった。

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