第57話 ゴブリンテイマー、戦争を開始する
「じゃあ僕が先に行って足止めします!」
「一人で大丈夫か? せめて応援が揃うまで待った方が良いんじゃ」
「ティレルが言っていたことが本当だったら、その間に町の人たちに被害が出ますよ」
「だが……」
「大丈夫ですよ。僕には沢山の強い仲間がいること、アガストさんも知ってるでしょ?
僕はそう答えると、腰のテイマーバッグを軽く叩く。
アガストさんはをれをみて苦笑いすると「確かにな……それに止めても聞かねぇよな」と頭を掻いた。
「相手が軍隊でもある程度は僕とゴブリンたちで足止めは出来るはずです。その間にアガストさんは」
「ああ。集められる限りの戦力を集めて援軍に向かうさ」
「お願いします。僕、魔物とは沢山戦った経験はありますけど、軍隊と戦ったことは無いんで」
人間相手では、この前の盗賊団相手が今までの最大人数だ。
門まで走ってくる間、仕入れた情報から推測した今回のダスカス公国軍の数は千人以上。
そしてその数は日を追うごとにどんどん増えていくだろうとのことだった。
「ゴチャックたちも頼んだぞ」
『ゴブ!』
『『『『ゴブッ!!』』』』
ゴチャックたちには、この領都に侵入していると思われる敵戦力の探索を任せてある。
いくらスキルが使えるといってもティレルとタコールだけで様々な工作は不可能だったはずだ。
アガストさんの予想では、王都にもダスカス公国の手の者が入り込んで工作をしていると言っていた。
でなければいくら安全だと思われているとしても、ここまで国境をまもる辺境伯領を手薄にするわけがないと。
「それじゃあいってきます!」
「ああ、頼んだ」
僕はアガストさんに軽く頭を下げると、自らの体を補助魔法で強化して走り出した。
まずは町から避難してくるマスターたちとの合流を目指す。
体強化をした僕は、馬と同じ程度の早さで走ることが出来る。
実際に馬と競走したことが無いから推測だけど。
「……間に合って」
僕は限界ギリギリまで走る速度を上げて街道をエヴィアスへ向けて突き進む。
後ろに土煙が舞うほどの速度で走り続けどれくらい経ったろう。
「見えたっ」
前方に避難民たちと思われる一団の姿が見えた。
数台の馬車と、百人ほどの人影。
とりあえず今あの町にある馬車全てかき集めて来たのだろう。
「おーい!」
僕は走る足を緩めずに大きく手を振る。
すると人影の中から一人の人物がこちらに向けて走ってくるのが見えた。
マスターだ。
「エイルくん。来てくれたんだね」
「はい。マスターもよくご無事で」
「なんとか相手が来る前に逃げ出すことが出来たよ。流石に私財全部持ち出すのは無理だったがね」
マスターが引き連れていた避難民たちの顔は一様に暗い。
彼ら、彼女らにしてみれば住み慣れた地を着の身着のまま逃げて、いつ戻れるかもわからない。
そんな状況で明るい表情を浮かべろとは言えない。
だけど……。
「後は任せて下さい。僕があの町を取り返して見せますよ」
「それは心強いね。でも多分君とあのゴブリンたちでも流石に難しいと思うよ、なぜなら彼奴らは大群だ。そして集団戦闘のプロだ」
「そうかもしれませんけど、僕のゴブリンたちだって負けてませんよ。元々ゴブリンたちは集団で戦うものですから」
「しかも君のゴブリンたちは一体一体上級ランクの冒険者位の力を持つ……だろ?」
「だからやれますよ」
「だが、奴らはそれだけじゃ無いんだ」
「どういうことです?」
マスターは町へ急ぐ避難民たちからエヴィアスの方を向いて言った。
「ダスカス公国軍は飛行魔獣を使役している」
「飛行魔獣? まさかワイバーン……」
「いや。ワイバーン級の魔獣はそう簡単には使役出来ない。やつらが使役しているのはフライングセンチピードという魔獣だ」
フライングセンチピード。
それは体長五メートルほどの空飛ぶムカデなのだそうだ。
ダスカス公国軍は、そのフライングセンチピードを二十体以上使役し、それを使ってあの山脈を越えた森の中に兵士を運び込んでいたらしい。
「そして昨日、国境の砦を後ろと前から急襲したと聞いている。ちょうど連絡役の兵士が昨日エヴィアスで飲み潰れてたせいで帰るのが遅れてな。おかげでその戦闘に巻き込まれずに町へ急遽戻って教えてくれたんだ」
偶然だったのだろうけど、もしその兵士が予定通り砦に帰っていたなら、エヴィアスの町から住民が逃げ出す前にダスカス公国軍に攻め込まれていたかもしれない。
そして、領都に連絡が届くのも遅れ……。
「とにかくだ。君のゴブリンたちで対空能力がある者はどれくらいいるんだい?」
「そうですね……遠距離魔法が使えるゴブリンメイジが大体十人位、あと弓が使えるゴブリンアーチャーが同じくらいでしょうか」
「ゴブリンアーチャーか。また聞いたことの無いクラスだが、それだけ居れば牽制にはなるか……」
マスターはそう言って今度は領都の方へ視線を動かすと。
「オックスが生きていればこんなことにはならなかったろうに」
そう呟いた。
「オックス? 誰です?」
「君は知らないのか……あのワイバーンの主人。ワイバーンテイマーのオックスさ」
ターゼンさんとともに冒険者だったマスターは、当然オックスとも交流があったらしい。
「オックスが生きている間は、ワイバーンが定期的にこの領地の空を巡回してたからね。ダスカス公国軍がフライングセンチピードを使って山を越えるなんてことも不可能だったはずなんだ」
「巡回ですか」
「ああ。前領主から、あの住処を与えられた時に頼まれたとか聞いているよ」
前領主はもしかしてダスカス公国の野望に気がついていた?
だから自分が出来る範囲でこの地を守ろうとしたのだろうか。
商業で経済を回し、冒険者や引退した実力者を集めることで国に減らされた戦力を補おうと。
だが、彼はそれに集中するあまり、子育てをないがしろにしてしまった。
彼もまさか自らの息子がそこまで愚かだとは思わなかった。思いたくは無かったのかもしれない。
裏で暗躍していたティレルの存在も、元を正せば息子であるガエルの不貞だ。
『色々君のおかげで予定が狂っちゃったけど、邪魔なワイバーンも始末出来たし、イタークが集めた強力な高ランクの力を持つ冒険者たちも殆ど排除できた』
僕はあの時、ティレルが言った言葉を思い出した。
あの言葉の意味は今回の進行のため障害だったワイバーンを排除したというだけじゃなく、アナザーギルドを使って経済を傾かせ、さらにこの領地に集められていた高ランク冒険者をこの地から離すこと。
つまり【炎雷団】の護送のために【荒鷲の翼】がこの地を離れたこともやつの計画の一つだったと言うことだろう。
「来たぞ!」
僕がティレルの言葉の意味を考えていると、マスターが鋭い声を出した。
僕は彼が指さす先に視線を向ける。
エヴィアスへ向かう街道、その先に土煙が見えた。
ダスカス公国軍に違いない。
「マスター。貴方は避難民の皆を守って下さい」
「任せて良いんだな?」
「はい。ですので、早めに彼らを領都送ったら戻ってきて下さいね」
僕はそう答えると腰のテイマーバッグに手を添える。
出し惜しみをしている場合じゃ無い。
今の僕の魔力で出せる限りの全てを――
「皆! 出ておいで!!」
『ゴブブブブブブブゥ!!!!』
力の限り僕は自分の魔力をテイマーバッグへ流し込むと同時に叫ぶ。
そしてバッグの中からはその声に応するように、ゴブリンたちの雄叫びが轟いたのだ。
「す、凄いな……いったいどれだけ居るんだ」
「僕にももうわかりませんけど、多分戦闘出来るまで育ったゴブリンだけでも三百以上はいるかと」
テイマーバックから次から次へと飛び出した光が、どんどんゴブリンへと姿を変えていく。
それほど広くは無い街道を埋め尽くし、尚もゴブリンが現れていく。
『ゴブッ!!!』
その中央で一際大きな体をした一体のゴブリンが、その両手に持った双剣を掲げ叫ぶ。
ゴブリンたちのリーダーであるゴブトだ。
その姿は僕の魔力を受けて、最初からゴブリンオーガの姿になっていた。
彼は周りのゴブリンたちに素早く指示を飛ばすと、ゴブリンたちは街道から、脇にある森の中へ次から次へと消えていく。
「それじゃあ私は行くよ」
「はい。領都では避難民の受け入れ準備ももう出来てると思いますから」
僕はゆっくり迫ってくる土煙から目をそらさずマスターに答える。
僕の前では百体以上ものゴブリンたちがゴブトの指示で隊列を組みだしている。
見る限り街道に残っているのはゴブトほどでは無いけれど、誰も彼もがクラスアップしたゴブリンたちの中でも肉弾戦に特化した者たちのようだ。
「なんだかゴブトが居れば僕はもう必要ないんじゃないか?」
『ゴブブ!』
僕の呟きを耳ざとく聞き取ったのか、ゴブトが反論してきた。
「ああ、わかってるよ。ちゃんと僕が全体を見てあげるから」
『ゴブ!!』
戦闘が始まればゴブト自ら指示することは出来ない。
それに、ゴブリン全体の動きを把握できるのはゴブリンテイマーである僕だけである。
特に森に散ったゴブリンたちに関しては僕しか指示を飛ばせる者がいない。
「そろそろ射程内だな。ゴブナ! ゴブミン!」
脳内に二人の『ゴブブッ!』という気合いの入った声が届く。
僕は大きく手を上げると、迫ってくる土煙に向けて勢いよく振り下ろし――
「挨拶代わりの一撃をかませーっ!!」
『『ゴブッ!!!』』
戦闘を……いや、初めての戦争を開始したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます