第56話 ゴブリンテイマー、飛び出す

「どういうことだ! マイル。それにお前たち……ボロボロじゃないか」


 謁見の間に飛び込んで来たのはエヴィアスでエイルたちが助けた【烈風の刃】のマイルとエンヴィ。

 他の数人に僕は見覚えは無かったが、どうやらアガストさんは顔見知りのようだ。


 だが、全員の顔は蒼白で。


「突然だ。突然ダスカス公国軍が国境を越えて現れたんだ」


 エヴィアスの町に、国境の砦から急報が届いたのはアガストたちが街を出て、この町についた頃だった。

 その知らせを受けたマスターは、アガスト不在の町を放棄することを即決めたのだという。


「それでバークさんが今、町の人たちを引き連れてこちらへ避難するために向かってます」


 バークというのはマスターの本名で、アガストさんとターゼンさんとともに同じパーティで数々の逸話を残してきた。


 その話は今はおいておくとして。


 その彼が町を放棄し、この領都へ向かっているという。

 たしかにあの最果ての町には軍隊を押しとどめられるような防壁も、戦力も無いから妥当な判断ではある。


「それで足の速い俺たちが先行して連絡役としてきたんだ」

「ターゼン! ダイト!」


 アガストさんはその言葉を聞いて直ぐにこの町の実力者二人に声を掛ける。


「ああ、まかせろ」

「わかっている。受け入れの準備と戦の準備、それと関係各所への連絡は任しておけ」

「助かる」


 阿吽の呼吸というものだろうか。

 老獪なベテランたちは、踏んできた場数が違う。

 若いマイルたちが立ち尽くす中、そんな彼らに素早く指示を与えていく。


「くっくっく……あーっはっはっは」

「!?」


 僕も予想外のことに驚き立ちすくんでいたが、その笑い声に我を取り戻した。

 笑いの主はティレルだ。

 彼は領主の椅子にもたれながら、いかにも愉快そうに笑い、そして言った。


「もう手遅れさ」


 僕はそんな彼に向き直って問いかける。


「何がだよ!」

「何がって、今彼らから聞いただろう?」


 そう答えてティレルが指さした先には、今にもアガストの指示を実行すべく出て行こうとしているマイルたちがいた。


「ダスカス公国軍のこと?」

「そうだよ。直ぐにダスカス公国軍はこの領地全てを占領する。そういうことだよ」


 そう告げるティレルに、応急的な指示を追えたアガストが、戻ってきてにじり寄り口を開く。


「あの狭い山脈の間を通って攻め込んでくるには、たとえ砦を潰す手段を手に入れたとしても時間が掛かるはずだ」


 前にも言ったけど、この国とダスカス公国の間には、軍隊が通れるような道は狭い山岳道一本しか無い。

 それ以外は山に住む魔物の存在もあって、とてもでは無いが人の足では超えることは困難だ。

 だからこそ、この地は隣国との国境がある領地だというのに軍備も予算も縮小される事になってしまったわけである。


「それはどうだろうね。国境を越えるのはあの道だけだと?」

「何!? まさか他にも軍隊が通るほどの道があるというのか!!」


 王国だって馬鹿ではない。

 徹底的に隣国との間に道が無い事は調べているはずだ。


 だとするとダスカス公国が密かに道を作っていた?

 いや、流石にそんな大きな工事をウィリス王国側に気付かれずに出来るわけが無い。

 不可侵条約を結んでいると言っても、国同士というものはいつでも敵になる可能性がある。


「答えろ!!」

「そんなの。自分の目で確認すればいいじゃない」


 ティレルはそう答えると、もたれかかっていた椅子から体を離す。

 そして僕とアガストさんの方を向くと。


「それに君たちもこんな所でゆっくりしていて良いのかな?」


 と言ってまた笑う。


「どういう意味だ」

「そうだね。僕の正体を突き止めたエイルくんに僕からのプレゼントだ」

「プレゼント?」

「ダスカス公国軍は、あの辺境の町は放棄されることを最初から見越して作戦を立ててるんだ」

「それってどういう……」

「つまり、多分君たちが想像してるよりも遙かにダスカス公国軍の進軍速度は速いってことさ」


 まぁ、進軍速度が速い理由は他にもあるけどね。

 そう言って愉快そうな声を上げるティレル。


「ってことは、もしかしてパークや町民たちが……」

「急がないとダスカス公国軍に追いつかれて、最悪全滅するかもね」

「全滅って……殆どは非戦闘員だぞ」

「捕らえられて人質にされるだけかもしれないけど。まぁ、そんなことは僕にはもうどうでも良いことだ」


 ティレルはそう答えると、自らのポケットからこぶし大の球を取り出した。


「それじゃあ僕はもう行くよ」

「エイル! そいつを捕まえろ!」

「えっ」


 後ろからアガストさんの慌てたような声が響く。

 その直後。

 ティレルが、手にした球を地面に叩き付けるため振りかぶる。


「それじゃ僕の役目は全部終わったから帰らせて貰うよ。じゃあね」

「ティレルっ!!」


 その言葉と同時に勢いよく叩き付けられると、ティレルを中心として光が炸裂した。


「うわっ」

「眩ッ」


 そして眩んだ目に視力が戻ると、そこには既にティレルの姿は無かった。


「逃がしたか」

「すみません……僕が直ぐに動けていれば」

「いや、俺も油断した。彼奴がまさか転移魔法のオーブを持っているなんて思いもしなかったぜ」

「転移魔法ですか」

「ああ。転移魔法が使えるスキル持ちの中でも、かなり高ランクな者だけが作れるっていう貴重品だ。俺だって数回くらいしか見たことねぇ」


 それをティレルは使ってどこかに転移して逃げたと。

 もしかすると彼の言っていた『あの人』というのは、高ランクの転移魔法スキル持ちなのかもしれない。


「しかたねぇ、ルーリ後は任せた」

「はい。アガストさん――ギルマスも無茶しないでくださいね」

「大丈夫だ。俺の強さはお前さんもよく知ってるだろ。おい、エイル行くぞ」

「どこへですか?」

「もちろん、パークと奴が連れて逃げてきている町民たちを助けにだよ!」


 アガストさんはそう怒鳴るように言うと、僕の腕を掴んで走り出す。


「わわっ、わかりましたから手を離して下さい。ゴチャックとゴファルはバッグの中へ!」


 僕は慌ててゴブリンたちをテイマーバッグに戻すと、自らの体にもう一度補助魔法を掛けつつアガストと共に領主館を飛び出したのだった。

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