第55話 ゴブリンテイマー、急報を受ける
「しっかりしろエイル!」
「エイルくん! どいてっ!」
「あっ」
突然の出来事に呆然としていた僕を押しのけるように、ルーリさんたちが血溜まりに倒れたタコールに駆け寄った。
「ギルマス、ポーションは?」
「一応なにかあるかも知れねぇと思ってそれなりに持ってきてはいるが、足りるか?」
必死に傷口を押さえるアガストさんに、ルーリさんは自分の胸元からポーション瓶を二本取り出すと、アガストさんの手の上から傷口にそのままぶちまける。
どうやらまだ息はあるらしく、二人は手持ちの回復ポーションでタコールをたすけようとしてた。
「!?」
僕はその姿を見て、慌ててティレルと三人の間に割り込もうとした。
間違いなくティレルは自らの仇としてタコールを殺そうとし、そしてトドメを刺すために動くと思ったからだ。
でも、そんな僕の目に映ったのは、つまらなそうに三人を見下ろしたまま動こうとしないティレルの姿で。
「ティレル?」
先ほど見た彼の漆黒の闇に落ちたような瞳から、アガストさんたちごとタコールを襲うだろうと僕は思っていた。
だけど彼はそのまま元の椅子の近くまで戻ると、その肘掛けに腰を下ろす。
「どう……して」
「そんなの決まってるだろ? こいつが僕の復讐相手だからさ」
つまらなそうに答えるティレルだったが、その顔はタコールの血に塗れ。
それを煩わしく思ったのか、自らの袖で雑に拭ると僕の目を見ながら口を開く。
「そいつは、祖父の……イタークの指示を受けて俺と母に暗殺者を送り込んだ当人だ。そんな仕事をこいつはずっとやって来たんだ、殺されて当然だろう?」
「でも君はトドメを刺さなかった……。何故だい?」
「ここで簡単に殺しちゃったら面白くないからかな。僕が父を殺さずに悪夢を見せ続けることに決めたのと同じ理由さ」
どうやら一命を取り留めたらしいタコールを、アガストさんたちが壇上から下ろしていく姿を見ながら、ティレルはもうどうでも良いとでも言いたげな口調で言った。
「それじゃあ後は僕たちに任せるってことでいいのかな?」
「任せる? そうだな。そっちのやり方で彼奴を拷問にでも掛けてアナザーギルドとやらのことを聞き出すのもいいだろうさ。どうせ彼奴の余罪を考えれば、行き着く先は処刑台だ。それまで精々恐怖に震えてくれると僕も嬉しいね」
全く嬉しそうじゃない顔をしてそう告げた後、ティレルは僕から目をそらし、天井を見上げた。
僕も彼が何を見ているのかと、その視線を追う。
そこには今にも崩れ落ちそうな天井。
かつては煌びやかな装飾で飾り付けられていただろうそこは、掃除も行き届いておらずまるで廃墟のようで。
ただそれは天井だけではなく、この屋敷全体が同じように、とても領主の館とは思えない状態になってたのを魔道具を持っていた僕は知っている。
「滑稽だろ?」
「何がさ」
「この有様がだよ」
クックックと弱く笑った彼は、視線をもう一度僕に向ける。
「これは君がしたわけ……じゃあ無いんだよね」
「ああ。俺がここにやって来た時に既にこの屋敷は酷いもんだったよ」
嘗ては隣国との国境を守る重要拠点として作られたこの町。
だが、その隣国との不可侵条約が成立し、その上この地はたとえそれが無くても国境を守ることが容易だと国に判断され。
国からの援助はどんどん少なくなっていったのだという。
「元々産業も何も無い地だったしね。しかも開拓された一部の地を除けば凶悪な魔物が出る場所が多くて開拓も進まない」
だから彼の祖父は、この地を商業で建て直そうとした。
それがダイト商会に次ぎ、レリック商会が台頭できた理由でもある。
「まぁ結局、そんな悠長なことをしてるだけの余裕は、タスカーエン家にはなかったのだけどね」
前々領主であるイタークは、この地を守るために私財をなげうって色々な投資をしたのだという。
魔物の領地をなんとか開拓するために、ランクの高い冒険者を招致したりもした。
やがて国から必要なしとして国から派遣されていた兵士は引き上げられ、のこった数少ない領軍は治安維持と商業街道の保全に回した。
「あのワイバーンのテイマーにあの住処を与えたのも、ワイバーンという強力な魔物の存在が、国軍に代わってこの領地と領民を守るために役立つと思ったからだろうね」
「そんな理由が……」
「代わりに、それまで立派だったらしいこの領主館も、金になるものは全て売られたり、使用人を減らすことになったり大変なことになってたみたいだね」
「それでこんな状態になったってことか」
そしてまでイタークは自らのできる限りの力を投入した結果、レリック商会が成功の兆しを見せ、成長が止まっていたダイト商会も刺激を受けて力を増すことになり、やがて王都近くまでその商売の版図を広げ始めた。
だが、その矢先に息子であるガエルによってイタークは暗殺されてしまったのである。
「あの貴族のボンボンを絵に描いたような道楽息子には、よっぽど貧乏になっていく生活に耐えきれなかったんだろうね。それまでは国境を渡ってまで好き放題女に手を出して遊び回ってたんだから」
ククッと、ティレルは笑う。
「さて、そろそろかな」
「?」
ティレルはもう一度天井を見上げる。
そこには屋根しか……いや、数カ所だけ天窓がはめられていて、そこから埃の中を光が一直線に床まで到達している。
いつの間にやらかなり日が高くなっていた。
「色々君のおかげで予定が狂っちゃったけど、邪魔なワイバーンも始末出来たし、イタークが集めた強力な高ランクの力を持つ冒険者たちも殆ど排除できた」
「始末? 排除?」
僕の疑問に彼は答えない。
そして、その顔には何かを成し遂げたかのような愉悦の表情を浮かべ、声を徐々に大きくさせながら語る。
「出来ればワイバーンの子供は、あの人への土産に、君たちを人質として交換したかったけどね。君があのワイバーンの母親を仕留めてくれただけで十分かな」
彼らは僕らからの虚実が混じった連絡を信じて、僕がワイバーンを倒した後に子供をアガストたちエヴィアスギルドが保護してると信じていた。
だから僕とキリートさんを生かして捕らえ、アナザーギルドを通して人質である僕たちとワイバーンの子供を交換で奪おうとしたわけである。
「君が傷ついた状態とはいえ、あの強力なワイバーンの一体を倒す力があることは、今日までのことでよくわかってる」
天井からもう一度僕に視線を戻したティレル。
その目には僕を哀れむような、そんな感情が込められているように感じ。
「あれが全てじゃないよ」
つい、そう口にしてしまった。
だが、彼はそんな僕の言葉を「だろうね。でも大体の力は把握しているよ」と答えると肘置きから立ち上がる。
「でも。たとえ君がアジトやこの町で見せた力が数分の一……数十分の一であっても――」
そこで一呼吸置いてから彼は謁見の間の入り口に目を向け、口を開く。
「圧倒的な戦力差は覆せやしないさ」
その時、ティレルのその言葉を待っていたかのように、扉の向こうから幾人もの人がやってくる音が聞こえ。
次の瞬間、数人の男女が謁見の間に息を切らしながら飛び込んできて叫んだ。
「ギルマス大変です!! ダスカスが……ダスカスの大軍が国境を越えて攻め込んできました!!!」
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