第54話 ゴブリンテイマー、領主の過去を知る
盗賊団のアジトで顔を合わした時、彼はさっきまでと同じように廻りに認識阻害を掛け、全てを偽っていたからだ。
「その言葉。そっくり君にお返しするよ。ゴブリンテイマーのエイルくん」
彼は直ぐに
「しかし、君。もしかして何か魔導具でも持っているのかい? 僕のスキルが君にだけ通じてなかった気がしたんだけど」
「もしかするとって思ったから、レリック商会に残っていた
そう答えると、僕は首から掛けていたそのペンダント型魔導具を取り出して彼に見せる。
「へぇ。準備が良いね」
「でも、君の力がこの魔導具すら上回るとまでは思わなかったけど。だからすっかり騙されてたよ」
僕は魔導具を元のように服の中に仕舞うと、手に持ったままの紙を持ち上げた。
「皆がこの
「へぇ」
「それで気がついたんだ。今僕以外の人に見えている景色は僕の見ているものと違うんじゃないかってね」
僕は自分だけ
なぜなら彼のスキルがなんなのかはわからないが、建物の外からこの謁見の間に入るまで、自分とその周りに彼のスキルが影響を及ぼしたことを一切感じなかったからだ。
そしてもう一つ。
本来なら僕の身につけている
なのに、この謁見の間に居たのは領主とタコールの二人だけで、今目の前に居る彼の姿はどこにも無かった。
だから僕はすっかり
「まさか君が」
僕は彼の瞳を見つめ返しながら口を開く。
初めて会った時は彼の力のせいで、彼自身をまともに認識できていなかった。
そしてその名前すら覚えていなかった。
だけど今の僕なら、彼の名前を忘れることは無いだろう。
なぜなら。
「領主――ガエル・タスカーエンに化けていたなんてね」
僕の持つ魔導具の力ですら、彼が領主に化けていたことを見破れなかった。
だから僕は彼の力が気がつかないうちに僕たち全員に掛かっていると気がつき、ゴブリンシャーマンであるゴファルの持つスキル『
壇上の、元はさぞかし立派であっただろう椅子に座ったままの少年は、僕の言葉にうっすら笑みを浮かべて口を開く。
「エイル。君の言葉は半分正解で半分間違ってるよ」
「?」
「僕は確かにこの地の領主の血統だけどガエルじゃない。僕の本当の名前はティレル……ティレル・タスカーエン。ガエル・タスカーエンの息子なのさ」
彼……ティレルはそう告げると、後ろで呆けたような表情で僕たちのやり取りを聞いていた皆の方を見る。
「まぁ、ガエルがまだ領主になる前。ダスカス公国へ視察という名の遊びに来た時に作った不貞の子だけどね」
ガエルは若くして前領主の死により領主となった。
そんなゴタゴタな状況であったため、未だに伴侶は決まっておらず、もちろん子供も居ないはずで。
近々婚約者候補の中から結婚相手を決めることになっていたという。
そんな彼に、ティレルのような年齢の子供が居たなどと誰が思うだろうか。
もしその事が知れれば、どんな問題が起こるか想像も出来ない。
最悪ティレルはその存在ごと……。
「じゃ、じゃあガエルはどこに居るんだ!」
僕がそんなことを考えていた時だった。
ティレルの言葉を聞いて、いつの間にか立ち上がりアガストの側まで来ていたターゼンがそう叫ぶように問いかけたのである。
その質問に、ティレルはさも面白いことを思い出したかのように嗤いを含んだ声で答えた。
「ガエルなら今頃、ダスカスのどこかの牢屋で幸せな悪夢でも見てるはずだよ。二度と目覚めない夢をね」
「なんだと」
「あんな男にここに居られても邪魔なだけだし」
どうでも良いことを聞かれたような素っ気ない言葉でそう答えると、ティレルは僕の方に視線を戻す。
「さて、エイルくん。他に何か聞きたいことはあるかい?」
「君の目的を聞きたい。どうしてこんなことをしたのか」
「僕の目的ね……そうだな、簡単に言えばこの領地を僕のものにしたかったって言ったら信じる?」
「信じない」
「だろうね」
無邪気な笑顔。
だけど、その目は笑っていない。
吸い込まれそうな闇がその奥に見えるだけだ。
「僕は僕と母を助けてくれた人のために動いているんだ。もちろんガエルと、奴を育てたこの国に対する恨みを晴らしたいってのもあるけど」
そこまで口にして彼はその顔から作られた笑みを消し。
「本当に殺したかった男を僕より先にガエルに殺されたのだけは計算外だったよ」
「それって……」
「ガエルの父親。つまり僕の祖父――イターク・タスカーエンさ」
「前領主をガエル・タスカーエンが殺したってこと?」
「ああそうさ。せっかく僕が自分の力を使いこなせるようになって、やっとあいつらを殺せるって思ったのにな。でも自分の息子に殺されるなんて、奴らしい最後じゃないか」
僕が知っている限り、前領主は名君であったはずだ。
アガストさんやターゼンさんとも交流があって、町でもガエルと比べて素晴らしい人物だったという話しか聞こえてこなかった。
そんな前領主のことを彼は……。
「不思議そうな顔をしてるね? 確かにあいつは外面は良かっただろうし、何より領地を守る貴族としては立派だったんだろうさ」
そこでいったん言葉を切った彼は、小さく息を吐いてからあからさまに憎しみが籠もった声で言い放つ。
「この領地の安寧と自らの息子の未来を守るためなら、平気で僕たち母子に暗殺者を差し向けるくらいだからね」
「暗殺者……もしかして君が助けられたって」
「ああ。その時、僕たち母子を助けてくれた人が居たんだよ」
まだ彼が幼い頃だ。
ティレルと母親は暗殺者に襲われたのだという。
そして彼に兇刃が届く寸前、ある人物にその命は救われたらしい。
だが、彼を庇うために暗殺者の前に立ちはだかった彼の母親の傷は深く、数日後息を引き取った。
それから彼はその人物から様々なことを学び、やがて自分の
ティレルがその人物から自分と母親が狙われた理由と、その犯人のことを聞かされたのは数年前のことだったという。
「その日以来、僕はずっと母の敵をこの手で取ろうと色々準備をしていたんだ……なのにあのガエルがその全てをぶち壊したのさ。だから僕はあいつを夢の世界に閉じ込めて入れ替わることにした。あいつは永遠の悪夢の中で苦しみ続ければ良い」
ガエルと入れ替わってから、ティレルはタコールとトスラ・ダイトを自らの手駒にして色々な『準備』を進めたのだという。
「準備? 君の復讐は終わったんじゃ無いのかい?」
「最初に言ったろ。僕の目的は自分の復讐を遂げることだけじゃないって」
たしかティレルは自分を助けてくれた人の目的を果たすためだと言っていた。
ならその目的とはなんだ。
そんなことを考えていると、ティレルが椅子から立ち上がり横を向くと、その漆黒の目に感情を宿し口を開く。
「まぁ、復讐自体もまだ終わってないんだけどね」
その呟きと同時。
僕が瞬く間に、ティレルの手が動く。
その手には小型の短剣がいつの間にやら握られていて。
「きゃああっ」
「なにっ」
「あーっ」
謁見の間に響き渡った悲鳴はいったい誰のものだったろう。
少なくともその時の僕は、突然の凶行を止めることが出来ずに――
「どう……して……」
ただ返り血を浴び、真紅に染まっていく彼の顔を瞳に映して立ち尽くしていることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます