第53話 ゴブリンテイマー、宿敵と再会す

 確かに開封された時に砕けていた部分ですら元の状態に戻っているのが不思議だが、そういうものなのらしい。


「お前はテイマーではないのか?」

「そうですけど」

「では何故そんなことが出来るんだ。そんなことが出来るのは付与魔法使いだけのはずだ」

「そうなんですか? でもまぁ、僕はテイマーと言っても『ゴブリンテイマー』という特殊なテイマーですからね。付与魔法くらい使えてもおかしくないでしょう?」


 そっか。

 普通のテイマーは付与魔法は使えないのか。

 ルーリさんの授業では、まだそこまでは教えて貰っていなかった。


 とにかく今はそんなことはどうでも良い。

 僕は元に戻った封蝋を両手の指で挟み込むようにしながらガエルに封蝋が向くように持ち直す。


「この封蝋についてはルーリさんに教えて貰いました」


 そして僕はその修復されたばかりの封蝋をもう一度割り開く。

 面倒なのでペーパーナイフなどは使わない。

 おかげで指先にパキッという気持ちいい刺激が伝わって来た。


「さてと。僕も実物を見るのは初めてなので上手くいってるといいんだけど」


 僕はそう呟きながら封書を開けると、中の紙を取り出した。

 そしてそれを開き、中を確認する。


「ルーリさんの言っていたとおりだ」


 僕は中を確認してから、取り出した紙をガエルに向けて広げてみせる。

 横からヤンマンとギムイ、そして今度はアガストさんとルーリさんも覗き込んできた。


「なんだこりゃ」

「たしかにさっき封書の中に入れたのは白紙だったはずですが」


 ヤンマンとギムイが、紙の正面を見てそう呟く。


 広げたその紙には、先ほどまでは何も書かれていなかったはずだ。

 だけど、僕がもう一度封をしてそのままもう一度『僕が』開封した結果――


「ごく普通の挨拶しか書いてませんね」

「これじゃあからさま過ぎるんじゃねぇか。差出人はセンスがねぇな」


 隣接する隣国の領主からの、何の変哲も無く当たり障りの無い社交辞令に塗れた文章がいつの間にか記されていたのである。


「私も実物は初めて見ました。これが魔封蝋の力なんですね」

「本人意外が封書を開けると、中身が書き換わる……それが魔封蝋だ」


 重要な文書を送り合う時、途中で何者かに奪われたり、事故などで紛失すると大変なことになる。

 なので、そういった文書を送る時はそれぞれの魔力を刻んだ魔封蝋を使うのだそうだ。


 中身そのままに開封できるのは、魔封蝋に登録された当人たちのみ。

 これであれば、送られた当人以外が開封したとしても機密は守られるわけである。


「……」

「さて、領主様。もう一度白紙を入れて封蝋を復活させます。ですので貴方の手でこの封を解いてくださいますか?」


 もしガエルが封蝋を開け中の紙が白紙のままであれば、先ほどの文章は隣国から領主宛に送られ、しかも領主自身が開封し中身を確かめたものだという決定的な証拠になる。


 僕はガエルに向かって歩み寄ると、彼にその封書を手渡した。

 少しは拒否される可能性を考えていたが、以外に素直にその封書を受け取った彼に、僕は少し違和感を覚えたけれど……。


「ふむ。この封を開ければ良いのだな? タコール、どう思う?」

「領主様の無実を晴らすためにはそうするしか無いでしょうな」


 無実?

 あの封書は領主に宛てたもので間違いないはずだ。

 ここまで僕が皆の力を借りて集めた全ての証拠と証言がそれを裏付けている。

 なのにあの余裕そうな二人の表情は一体どういうことなんだろう。


「領主様。貴方が無実だと言うならどうぞ開けてください」


 僕は元の位置まで戻るとそう告げる。


「おいエイル。本当に大丈夫なのか?」

「もちろんです。これで完全に証明されますよ。そうしたら直ぐにでも」

「ああ、ガエルを国からの依頼通り逮捕してやる」


 アガストさんと僕はそう頷き会うと、壇上の上で何の表情も変えず封書を手に持ったガエル・タスカーエンを見つめた。

 ゆっくりとガエルの指に力が込められていく。


 誰もが息をのむ空気の中……。


 パキッ。


 封蝋があっさりと砕ける音が響き渡った。


「これでいいのか?」

「……ええ。それでは中身を確かめさせて頂きますね」


 僕はもう一度前に歩み出ると、頬杖を突いたままつまらなそうな顔で封書を差し出すガエルから、それを受け取った。

 そしてそのまま封書の中から紙を取り出すと、謁見の間に居並ぶ仲間たちに向けてその紙を広げて見せる。


 しかし、皆の反応は僕が思っていたものとは全く違っていて。


「お、おいエイル……」

「そんな馬鹿な」

「嘘でしょ」


 皆の戸惑いが浮かんだ視線が、僕の広げた紙とガエル、そして僕の間を彷徨う。


 一体どうしたのだろう。

 不思議に思った僕は手にした紙を自分に向け、そこに書かれた文字を――


「エイル、俺の目が確かなら、その紙に書かれてるのはさっきと全く同じ文章だろ?」

「えっ?」


 アガストの困惑が伝わってくる。

 そしてそれは廻りに次々と伝播していって。


「一体どういうことなの」

「おい坊主!」

「エイルくん……聞いていた話と違うじゃないか」


 僕がそんな彼らを落ち着かせようと口を開きかけたその時、大きな笑い声が上がった。


「あーっっはっっはっは。ざまぁないなゴブリンテイマー」

「……」

「お前が決定的な証拠だと自信満々に差し出したその魔封蝋とやらは、この私とは何の関係も無い。その事が証明されただけであったな」


 ガエルはそう告げると立ち上がり、謁見の間を見渡すと告げる。


「お前たち。領主である俺を罪人扱いした罪は重いぞ。しかも王国上層部にまで嘘の報告をしていたということになるわけだ」


 アガストがその視線を真っ正面から受け、めずらしく顔を青ざめさせる。


「たとえギルドといえども今回の所業は許される物ではない。お前たち全員追放……いや死罪を覚悟するのだな!」

「こうなると私の部屋から見つかったという書類も偽造の可能性が高くなりましたな」

「ああ。タコールへのえん罪の件も併せて私が上に報告させて貰うとしよう。


 そうして笑い合う二人を背に、僕はしばし何が起こったのかわからなかった。

 だけど、もう一度手元の白紙・・に目を落とした時に気がついたのである。


「なるほど、そういうことか」

「何がそういうことなのだ?」


 僕の呟きが聞こえたのか、背中からガエルが問いかけてきた。

 だけど僕はそれには答えず、腰のテイマーバッグに手を当てると。


「出ておいで、ゴファル!」

『ゴブゥ!!』


 ゴブリンシャーマンのゴファルを呼び出す。


「ゴブリンだと?」

「自分の推理が間違っていたからといって力づくで我々をどうにかするつもりではあるまいな。もしそうなら」


 ガエルの声には恐怖の色があったが、僕は別に彼をこの場で打ち倒そうとゴブリンを呼び出したわけでは無い。

 彼の処分はギルドと国に任せるつもりだ。


 なので、そのためにはガエルのを暴かなければならない。

 多分今の状態ではルーリさんの【真実の目】でも嘘は暴けないはずだ。


 なので僕は呼び出したゴファルの体に手を触れながら、彼女の能力を引き上げるために力を付与する。

 テイマーバッグを失っているわけでは無いが、直接触れた方が力を与える速度は上がるのだ。


『ゴブ』


 そして、ゴファルからの合図と共に僕は叫んだ。


「ゴファル! 解呪魔法スペルブレイクだ!!」

『ゴブブブブゥゥゥゥゥ!!!!!』


 僕の合図と共に、ゴファルは大きな声で吠えるとその両手を謁見の間の床にたたきつける。

 すると。


「な、なんだこれはっ」

「魔方陣みたいですが」


 ゴファルの手を中心に、光り輝く魔方陣が一気に謁見の間に広がって行く。


 パチンッ。


 そして何かが始めるような感覚が伝わってきたと同時に、その魔方陣の輝きが消え、その姿も消え去った。


「いったい今のはなんだったんだ」

「何かこう、頭の中で何かがはじけたかのような感じがしたぞ」

「少しクラクラするな。さっきの光のせいか?」


 謁見の間にいた人々が、口々に騒ぎ出す。


「それにしても、この部屋の惨状はいったい……」


 そんな中、比較的症状が軽かったらしいルーリさんが辺りを見回しながらそう口にした。


「部屋?」


 その言葉に一同が見たもの。

 それは、先ほどまでのきらびやさが一切消え去り、全く掃除もされた形跡すらない謁見の間の姿だった。

 まるで一瞬で何年も時が流れたかのようなその景色に戸惑う皆に、僕は真実を伝えるために口を開く。


「これが本当のこの部屋の姿なんです」

「それはどういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。今まで皆さんはずっと認識をずらされていたんですよ」

「まさか、俺たちは幻惑魔法にでも掛かっていたとでも?」

「ええ。実際はどんな力なのか僕にもよくわからないんですけどね。ただ彼の力ならそれが可能だった」


 僕はそう言うと後ろを振り返り、そこに本来は居るはずのない……だが居て当然の人物に向けて告げる。


「でも僕は貴方の力を見くびってました。ごめんなさい」


 僕の目の先。

 そこには少年のような男が、驚きに満ちた目で僕を見返していたのだった。

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