第52話 ゴブリンテイマー、追い詰める!
「遅れてすまない。ほら、お前も来るんだ!」
開かれたままの扉の陰から現れたのは一人の老齢の男と、若い男だった。
白髪の眼光鋭い男はケリー・ダイト。
そして、そのケリーに首根っこを捕まれ、謁見の間へ放り込まれた若い男はトスラ・ダイト。
ダイト商会の代表と、その跡継ぎの二人であった。
「ダイト、よく来てくれたな」
「ターゼン……本当にすまなかった」
その姿を見て歩み寄るターゼンさんの前で、ケリーは突然跪くと、その白髪の頭を深々と下げた。
そして、隣で放り込まれた後、地面に突っ伏したままの息子の頭を押さえつける。
「ぐぐぐっ……痛いっ、親父ぃ」
ジタバタと藻掻くトスラの頭に更に力が加えられると、やがてその体から力が抜けて、四肢をだらりと広げ動かなくなってしまった。
まさか死んでは居ないとは思うけど。
少しだけ心配仕掛けたけれど、彼がレリック商会相手にしたことを完が選れば、むしろこのまま父の手に掛かって死んだ方がマシなのかもしれない。
「ぐぅぅ」
少しうめき声が聞こえる所を見ると、どうやらまだ生きては居るみたいだ。
「ダイト、頭を上げてくれ」
「いや、儂はもうまともにお前の顔を見ることは出来ない。それよりもこれを受け取ってくれ。こいつの個人金庫の奥に隠してあったものだ」
頭を地面に付けた状態で、ケリーは人の頭くらいの袋を腰から外して差し出した。
ターゼンさんは頭を上げないケリーを、複雑な表情を浮かべて見下ろしながら袋を受け取ると、後ろに立つ僕に差し出し。
「あとは任せた」
そう言ってケリーの傍らにしゃがみ込み、彼に向けて何か話を始めた。
長い間、ライバルとして戦ってきた二人の間には、僕には想像も出来ない何かがあるのだろう。
たとえ彼の息子のせいでターゼンが負った傷がとてつもなく大きいものだったとしても、彼らは前に進まねばならない。
老練な二人にはそれを痛いほどわかっているのだ。
その横でついにうめき声すら上げなくなったトスラとは器が違いすぎる。
「わかりました。あとは任せてください」
僕はそう言い残すともう一度ガエル・タスカーエンに向き直る。
この袋の中にはタコールだけで無く、領主であるガエルにとっても致命的な『証拠』が入っているはずだ。
その証拠に、先ほどまであれほど僕たちを見下すようにしていたガエル、そしてタコールの二人から余裕の表情が消え無言になっている。
「さて、どんな爆弾が入っているのかな」
僕はゆっくりと袋の口を開くと、その中を覗き込む。
そこには確かに僕が望んでいた『証拠』があった。
「どれにしようか……これがいいかな」
僕は袋の中から一通の封書を取り出すと、封蝋が残るその口を開き中身を取り出す。
数枚の便せんに分かれていたその書状は――
「これは貴方たち……いいえ、領主であるガエル・タスカーエン。貴方が隣国と通じていた証拠です!!」
僕はそう書状を突きつけるように言い放つ。
その言葉にヤンマンとギムイが「「なんだってー!」」と驚きの声を上げた。
一方アガストは口元に残忍な笑みを浮かべ腕を組んだままだ
それは、僕が彼にはこの証拠の存在について先に伝えておいたからである。
「……俺が隣国と?」
「ええ、この書状は隣国から貴方への要求が書かれた書状ですよね?」
僕はあの日、ダイト商会に侵入したゴチャックが、部屋の主に気づかれないように見てきた内容を全て聞き取り書き出した。
トスラはまさかあの最上階の奥にある自分の部屋には誰も来ないと油断しきっていたのだろう。
金庫の中の書類を確認したあと、金庫の鍵を開けっぱなしにして小用に部屋を出て行ったらしい。
ただこの時の僕はゴチャックからあの部屋の主の行動だと聞いていたため、すっかりケリー・ダイトの仕業だと思い込んでいたのだけど。
ゴチャックが帰ってきた後、書き出したその内容をターゼンさんに見て貰った。
そこに書き連ねられていたものは、ターゼンさん曰くほぼ全て禁輸品ばかりであった。
中には軍事的な技術だけでなく、その技術で作り上げられたそのものも含まれていて、これが流出すれば王国にとってかなりの痛手となるようなものも複数含まれている。
「それが本物だという証拠はあるのかね?」
「貴方とダスカス公国侯爵のサイン……そして」
僕は手紙をヤンマンに手渡し、別の何も書かれていない紙を封筒の中に入れてその封を閉じる。
もちろん一度割れたものは完全に元に戻ることはないし、砕けてしまっている部分が戻ることは無い。
だけど、僕の行動を見てあからさまにガエルの表情が青ざめていく。
「貴様っ、まさか」
思わず立ち上がった彼の目を見返しながら僕は、その封蝋に指を当て――
「こうやって魔力を流し込めば」
僕の魔力に呼応するかのように封蝋が僅かに光る。
「魔封蝋って言うらしいですね」
僕はそう口にしながら封書を掲げた。
すると魔力を流し込むまでは確かに割れていた封蝋が、今はまるでそんな事実は無かったかのように割れる前の姿に戻っていたのだった。
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