第60話 ゴブリンテイマー、進化する
「あ、あれはあの時のワイバーンなの!?」
ワイバーンが放つ巨大な火球。
それがあの戦いで彼女が見せたものと同じに違いない。
普通のワイバーンは火球を放つことはないとルーリさんは言った。
それでも空ではドラゴンには及ばないが、その飛行能力と攻撃力は強力だ。
だが、あのワイバーンは違う。
「あの角。たしかにあの時のワイバーンだ」
通常のワイバーンにはありえない二本目の角が、彼女が進化したワイバーンだという事を示していた。
今は亡きワイバーンのテイマーの力がどんなものだったのかは、今は確かめることはできない。
だけど、もしかすると彼も僕の『ゴブリンテイマー』と同じように普通のテイマースキルとは違うテイマースキルの持ち主だったのでは?
『ギャァァァァォォォゥゥゥゥ』
唖然として見上げる空の上では、次から次へとフライングセンチピードが炎に包まれて行く。
もちろんダスカス公国軍側も反撃をするが、彼らの魔法は簡単に避けられ、矢はワイバーンの体に一切のダメージを与えることはない。
一方的な戦いとも呼べない戦いは、気がつくと全て終わっていた。
今、空の上には一体のワイバーンの姿だけが取り残され。
その頭がこちらを見下ろしていた。
「まさか襲ってこないよね?」
『ゴブ』
いつの間にか起き上がったゴブトが、足を引きずりながら僕の近くまで歩いてくると、同じように空を見上げて呟く。
どうやら彼はその満身創痍の体で僕を守ろうとしてくれているようだ。
だが、そんな状態で戦える相手ではないのは明白。
あれだけの傷を受けていた状態で、しかも空に飛び立たせないようにしてやっと倒せた相手である。
見る限りあの時の傷は殆ど完治している。
「ゴブト、テイマーバッグに戻って休め」
『ゴブブブ!』
絶対に帰らない。
無理やり帰したら許さない。
そんな意思が僕へ伝わってきた。
「しかたない。とりあえず今戦えるゴブリンだけでも召喚……するだけの魔力も残ってないか」
僕は徐々に迫ってくるワイバーンの姿を見上げながら、諦めてその場に座り込む。
今まで経験したことがない激しい戦いと、苦戦続きですり減った心がもう限界を訴えていた。
「大丈夫だ。大丈夫」
僕は薄ら笑いを浮かべながら迫ってくる巨体を見つめる。
地上からそれほど離れてない上空までやって来たワイバーン。
これくらいまで降りてきてくれたならゴブトの攻撃も届くかも。
ゴブトもそれがわかったのか、僕とワイバーンの間に立ち塞がると、ふらつく体で双剣を構えようと柄に手を掛けた。
だがその時、ワイバーンが吠えた。
『ギャオゥゥ』
一瞬ゴブトの背中が、それに対しぴくりと動く。
そして、彼は両手を剣の柄からゆっくりと離す。
「どうしたんだ?」
僕は、双剣に掛けた手を下ろして立ち尽くすゴブトに声を掛ける。
多分彼が構えを解いたのは――
『ゴブブッ』
「そうか……やっぱりそうだったんだ」
僕はゴブトが『通訳』してくれたワイバーンの言葉を聞いて、最後の緊張が解け去った。
そのまま大の字で倒れ込むと、瞳に先ほどまであれほど激しく戦いが行われていたはずの空が見え。
所々、燃えた木々の煙が立ち上る以外は、そんな戦闘が行われたとはとても思えない澄んだ空に、自然に笑いがこみ上げてくる。
「うわっ」
そんな空一杯の視界の中に、突然大きく凶悪な顔が入ってきて、僕は思わず声を上げてしまった。
ワイバーン。
あの日のことを覚えていてくれた。
そして今、僕たちを助けに来てくれた彼女の顔を、僕は見上げていた。
「ありがとう。助かったよ」
『ガウ』
「えっと……ゴブト、通訳をお願いできるかな?」
『ゴブ』
「こんな格好でごめんね。ちょっと今は指一本も動かしたくないくらい疲れてるんだ」
僕はゴブトを通じてワイバーンと話をした。
ダスカス公国軍は、ワイバーンの姿を見て、さらに虎の子の航空戦力を全て失い今はその姿すら見えない。
「君が助けに来てくれるなんて思わなかったよ」
『ガウガウ』
あの日別れたワイバーン親子は、そのままタスカ領内の森の奥にある泉に向かったのだそうな。
そこは以前に彼女のマスターであるオックスと共に空中散歩をしていて見つけた場所で。
「回復の泉? そんなものがあの森の奥にあったんだ」
そこの水は、他にはないほどの魔力を含んでいるらしく、魔物や獣がやって来てはそこで傷を癒やしていたらしい。
泉の周りは例え普段は狩る者と狩られる者の間柄であっても争いは起こらず、ゆったりとした空気が流れているという。
「それでこんな短期間に怪我がそこまで治ってたのか」
『ガウウ』
そんな優しい場所で傷を癒やしていた彼女たちだったが、突然森中がざわめき始めたのだという。
一体何が起こったのかとワイバーンが空へ舞い上がると――
「戦争が始まっていたってことか。ごめんね、騒がしくしちゃって」
幾度かの激しい戦いで、街道周辺の森はかなりの範囲焼き尽くされてしまっている。
そこから沢山の動物や魔物たちが森の奥へ逃げていったのだ。
やがて傷ついた動物たちは、ワイバーンが休んでいた泉にまで集まって大騒ぎをし出した。
『ガウ』
「ごめんね。騒がしちゃって……」
それで彼女は一体何が起こっているのかと、街道まで飛んできたということだった。
「君が来てくれなかったら僕たちは死んでいたかも……いや、確実に死んでいたよ」
『ガウ』
「え? なんだって?」
『ガガウガウ』
ゴブトが通訳してくれた言葉に、僕は一瞬キョトンとしてしまった。
なぜなら、今ワイバーンは僕に教えてくれたのだ。
「ケルシード……そうか、君の名前はケルシードって言うのか。でもどうして僕に?」
テイマーであるマスターから解き放たれた魔物は、その段階で本来なら野生に戻ってしまう。
なので、このワイバーンも既に本来なら名前なんてものを自覚しては居ないはずなのだ。
『ガウ』
だけど彼女……ケルシードは自らその名を名乗った。
これも進化した結果なのだろうか。
「わかったよケルシード。これからは君のことはきちんと名前で呼ぶよ」
『ガウ』
「え? 愛称でもいいって? ……ケル?」
『ガオオウ』
ケルシードは失せ思想に翼をはためかせると吠えた。
ケルとは、彼女がかつてのマスターから呼ばれていた愛称で。
もう二度とその名で呼ばれることはないと思っていたらしい。
「それじゃあ改めて……」
僕は痛む体を起して立ち上がると、地上にその巨体を下ろして僕の目の高さまで頭を下げてくれているケルシードに近寄る。
そして彼女の顔を両手で優しく挟み込むように触りながら――
「ありがとうケル」
そう心からの感謝を口にした。
『ガウウウッ!』
『ゴブブブ!』
僕の言葉に呼応するように、二体の魔物が喜びに満ちた声を上げた。
と同時、突然僕の体とゴブト、そしてケルシードの体が光に包まれる。
「な、なんだ!?」
そして、ゴブトとケルシードの光が僕の体へ吸い込まれていく。
僕は突然の出来事に戸惑い慌てる。
だが、ゴブトとケルシードは全く動じていない。
もしかしてこの光は僕にしか見えていないのかとすら思うが、眩しそうに目を細める彼らを見る限りそうでもなさそうだ。
やがてその光が全て僕の体に吸収された時。
「まさかテイマースキルがレベルアップした……の?」
僕は自らのテイマースキルが進化したことを感じ取ったのであった。
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