第49話 ゴブリンテイマー、糾弾する
「ターゼンか。例の件以来だな」
謁見室の一段上にある立派な椅子に座った若い男が、肘置きに肩肘をつきながらそう言った。
彼がこのタスカ領領主であるガエル・タスカーエンに間違いないだろう。
「お久しぶりですガエル様」
「ああ。お前が私の頼みを断った時以来だ。あの時は心底失望したものだが」
言葉とは裏腹に、どこか相手を嘲笑するかのような態度でガエル・タスカーエンはそう告げると、ターゼンさんの横にいる僕に目線を移動させる。
「それで、そこに居るのがワイバーンを倒したと嘯いているゴブリンテイマーとかいう酷いスキル持ちの小僧か」
「はい。どこまで領主様がご存じかは知りませんが、僕がゴブリンテイマーのエイルです」
僕は軽く頭を下げて挨拶をする。
たしかに僕はワイバーンを倒してはいない。
ガエル・タスカーエンがどこまで本当のことを知っているのかはわからないが、多分嫌みを口にしただけだろう。
なぜなら彼に情報を与えたはずの領都ギルドマスターのタコールは、僕がワイバーンを倒したと思い込んでいた。
だからこそ手下であるアナザーギルドのメンバーにも同じ情報しか廻っていなかったのだから。
「所でガエル様」
「なんだ?」
ターゼンさんはガエル・タスカーエンの隣りに立つ男を、目線で指し示しながら口を開いた。
「どうしてその男が……タコールがこの場に居るのです?」
ガエル・タスカーエンが尊大な態度で座っている椅子の横。
そこに、件の領都ギルドマスターであり、アナザーギルド支部長のタコールが、まるで側近のように並び立っていた。
先ほどここまで案内してくれていた執事、もしくは領軍の将軍ならまだしも、タコールがいるのは不自然だ。
いや、僕がここに来た目的からすれば不自然でも何でも無いのだが。
もう彼らは隠すことを辞めたということだろう。
「私は領主様に相談があると呼び出されて参っただけですぞ」
「相談だと?」
しかし彼らはまだこの小芝居を続けるつもりらしい。
僕は謁見の間に入ると同時に領軍か、アナザーギルドのメンバーでも潜んでいて僕たちに襲いかかってくるくらいはあると思っていた。
だけど、今この謁見の間には四人しか居ない。
「ええ。むしろ何の連絡も成しに突然尋ねてきた貴方たちの方が招かれざる客なのでは?」
「貴様……とぼけるな!! 全てもうわかっているのだぞ」
ターゼンさんはタコールを、殺意を込めた目で睨み付ける。
彼にしてみれば大事に育ててきた商会、そしてそこで働く人々に対して行われた数々の所業を行った黒幕を前にして、落ち着いては居られないのだろう。
「ほほう。貴方が何を知っていると?」
「貴様がアナザーギルドとかいう糞のような組織の幹部だということだ!」
「アナザーギルド? そんなものは知りませんね」
あからさまに馬鹿にした口調でそう返事をするタコールの言葉に、僕の横からギシリという奥歯をかみしめる音が聞こえた。
「証拠でもあるんですか?」
「ヤンマンという冒険者から話は全て聞かせて貰ったぞ」
「ヤンマン? ああ、あのCランク冒険者ですか。で、そのヤンマンはどこに居るんです?」
わざとらしく手を額の上に置いて、僕らの周りを眺めるように見渡す仕草をするタコール。
「どこにも見当たらないようですが? まさか証拠も持ってきてない上に、その証人も連れてこずに私を糾弾するおつもりですか?」
肩をすくめる仕草で、大げさな身振りでそう笑ったタコールに、思わず殴りかかろうと一歩踏み出したターゼンさんの体を僕は後ろから必死に引き留める。
「ターゼンさん! そんなにあの人が証人を出せというなら、出してあげましょうよ」
「……くっ。そうだな……少し頭に血が上って段取りを忘れていた」
肩で息をしながら、タコールを睨むのを辞めないターゼンさんの姿は、とてもじゃないが少し頭に血が上ったという程度には見えなかった。
このままではすぐにでもタコールに襲いかかるかもしれない。
もう少し相手の言葉を引き出すつもりだったけど、しかたがない。
僕は一つ目の手札を早めに使うことに決め、口を開く。
「わかりました。それじゃあ証人を呼びますね」
「?」
僕の言葉に不思議そうな顔をするタコールは、証人なんて呼べるわけが無いと思っているのだろう。
だけど僕と、僕のゴブリンたちの力を甘く見ていたことを、すぐに後悔するだろう。
「もう姿を現しても良いですよ」
僕がそう言うやいなや、僕たちの少し後ろの空間が歪む。
そして、次の瞬間そこには二人の男と、一人のゴブリンの姿が現れたのであった。
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