第48話 ゴブリンテイマー、いざ領主館へ

「流石に立派ですね」


 僕は目の前の立派な門と、その向こうに見える領主館を眺めながらそう呟く。


「地方の領主と言っても、一応国境を守る辺境伯の屋敷だからな」


 隣りで同じように領主館を見ているターゼンさんが答えた。

 本来、国境を守る辺境伯というのは、国を守る砦でもある。

 なのでかなりの力を持っているのが普通なのだそうだが。


「でも、国境を守るって言っても、この国と隣のダスカス公国の間は、あの山脈の間にある細い一本道しか無いんですよね。そのせいで戦争どころかもう何十年も小競り合いしか無いんでしょ?」


 本来、国境を接した領地というのは、いつ隣国から攻め込まれるかわからないため、強力な軍隊が配備されているのが通常だ。

 だが、このウィリス王国とダスカス公国の間にはエレベト山脈という、高く長く連なった山脈が横たわっていて、とてもではないがお互いに軍を進められるような地形ではない。

 唯一通行できる山道も、細く険しい谷間だけで、そこにはお互いの側に強固な砦が築かれている。

 大群を進めることも出来ず、地形的にたとえ進軍下としても相手の砦を突破する手段は双方にない。


「それに王国と公国の間には不可侵協定も結ばれてますしね」


 ルーリさんがターゼンさんの説明を補足するように口を開く。


「お互い相手を攻めても、得られるものより失うもののほうが多いとわかったからな。それ以来、友好国としてお互いの利益を享受し合うようになったわけだ」


 結果お互い国境を接しているというのに、どちらものんびりと普通に交流をする領地同士となっていた。


「レリック商会もダスカス公国とは取引があったんですか?」

「そりゃ当たり前だ。あのアホみたいに高い山のせいで、向こうさんにはこちらに無いものが沢山あるからな。あっちの商人も良く国境の砦を抜けてやって来ていたんだが……」


 レリック商会が襲われるようになってから、殆ど姿を見なくなったという。

 うちが落ちぶれたのを知って、ダイト商会の方へ行ったのだろうとターゼンは自嘲気味に笑った。


「それにしても……流石にこの数は少なくないですか?」

「門兵すら一人しか居ないってどういうこった? なぁ、執事さんよ」


 本来なら領主館などという所は、厳重に警備されているのが当たり前のはずだ。

 だというのに僕が見る限り、領主館を囲む塀の周りを巡回する兵士も見当たらない。

 一応、門兵が一人いて、敷地の中には何人かの兵士の姿は見えるが。


「その質問は、私では答えかねます」


 門の前で領主への謁見を求めた僕たちの所へ現れたのは、初老の男だった。

 ターゼンさんは、顔見知りのその男の事を「領主付きの執事だよ」と僕に教えてくれた。


「そうかい。しかし執事であるあんたが直接出向いてくるなんて珍しいじゃないか」

「なにせ先日の一件以来、人手が足りないものでして」

「例のワイバーン騒動かい?」


 僕が戦ったあの母ワイバーンのことだろう。

 ターゼンさんとここに来る道すがら、その時の話は聞いていた。


 当時、領主の命令で領都に駐在していた領軍の殆どが、目の前の領主館に集められていたらしい。

 そして、あのワイバーンによってかなりの被害が出た。


「はい。それで屋敷の使用人たちにも少なからず怪我人が出まして。体は治癒魔法などでほぼ完治したと聞いておりますが、心まではまだ時間がかかると」

「それで無事だった使用人だけで今は回してるってわけか」


 領主館や、敷地内の建物も随分破壊されたと聞いていたが、正面から見る限りあまりわからない。

 多分、ワイバーンが収監されていたのは裏庭の方なのだろう。


「兵士が少ないのも同じ理由ですか?」

「それもありますが……これ以上は私の口からでは」


 使用人のことは話してくれたのに、兵士のことに関してはあまり口にしたくないようなその態度を、僕は少しいぶかしく感じた。


「詳しくは領主様からお聞き下さい。さぁ、どうぞ中へ」


 だけど、領主自らが謁見の場で話してくれるらしい。


「また門前払いされるもんだと思ってたが」

「そのことにつきましては、大変失礼をいたしましたことをお詫びいたします。何分ワイバーンの件もあり、しばらくゴタゴタしておりまして」

「やっと落ち着いたってことか。まぁ、今日はそのことも含めてきっちりと話を聞かせて貰うつもりだ」


 無言で頭を下げると、背を向け領主館の入り口に向かい歩き始めた執事の背に、ターゼンさんはそう告げて後を追うように歩き出す。


「ルーリさん。ターゼンさんって凄いですね」


 地方の領主とは言っても相手は貴族様である。

 僕のような冒険者や、多数の国をまたぐ巨大組織のギルドがバックに付いているルーリさんと違い、ターゼンさんは領都に店を持つだけの一介の商人でしかない。


「ターゼンさんがまだ冒険者だった時に、前領主様の命を救った事があったのよ。正確に言えばターゼンさんだけじゃなくうちのギルマスとマスターも一緒にね」


 ターゼンがこの領に店を出したのも、アガストがあの地のギルマスとして就任したのも、前領主と深い関係があったからだという。


「私も詳しくは話して貰ってないけどね……ターゼンさんは今のガエル様は、小さな頃から知っている自分の子供みたいなものなのかも」

「だとすると僕たちがこれからやろうとしていることは、ターゼンさんには辛いことですかね」

「……かもしれないわね」


 僕たちはこれから、領主であるガエル・タスカーエンを糾弾するつもりだ。

 そのための証拠固めは、すでに殆ど終わっている。


 貴族を相手にするためには色々な根回しが必要だったが、アガストとあの人・・・の影響力の凄さは、僕の予想を遙かに超えていた。

 ターゼンも「こんなことなら早く彼奴らに助けを求めるんだったな」と後悔していたほどに、彼らは迅速に動いてくれたのだ。


「やっぱりまだ所々に痕があるな」


 領主館の正面玄関目指して歩きながら周りを観察すると、綺麗に整えられている芝や植木が、所々焼け焦げている。

 多分、件のワイバーンのブレスによって行われた傷跡だろう。


 ワイバーンが本格的に暴れたという裏庭じゃなく、正面広場ですらこの状態なのだ。

 裏側は思っている以上に酷い状態なのかもしれない。


「エイルくん。置いていくわよ」

「あっ、ちょっと待って下さいよ!」


 庭の様子を少し眺めるつもりが、足が自然に止まっていたようだ。

 ルーリさんがそんな僕に気がついて声をかけてくれたけれど、すでに先を行く執事とターゼンさんは領主館の玄関にたどり着く直前で。


 僕は慌ててルーリさんの下へ向けて駆け出したのだった。


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