第34話 ゴブリンテイマー、自己紹介をする
その人物はターゼン・レリック。
レリック商会を、一代にしてタスカ領で一、二を争う巨大商会に育て上げた男らしい。
「久しぶりだねルーリくん――と、君は?」
好々爺とはとても言えない厳つい顔でルーリさんから僕に視線を移したターゼンさんの目に、僕は少し怯えつつも小さく頭を下げて返事をする。
「ぼ、僕はエイルという冒険者で、今はルーリさんの護衛依頼を受けて、共に行動しています」
「ほう……こんなちっこい坊や一人で護衛?」
ターゼンさんは、皺の奥の目を細め、僕を一瞥するとルーリさんにそれが事実かどうか尋ねるような視線を送った。
そんな厳しい目を向けられたというのに、ルーリさんはまったく動じず彼に答える。
「ええ。エイルくんはこう見えてもエヴィアス冒険者ギルドで今一番期待されている冒険者なんですよ」
「ほう。こいつがねぇ」
エヴィアスというのはあの僕が登録したギルドのある町の名前。
つまりルーリさんたちが勤めているところである。
生まれてからずっと、辺境の更に奥地にある村で過ごしてきた僕は、自分の村の名前すら知らずに生きてきた。
なので、自分が住んでいる土地の名前も、近くの町の名前すら知らなかった。
というか知る必要が無かったのだ。
あの村で僕は一生を家族のために働いて過ごし、村から出ることも無いまま死んでいく。
それが、あの辺境の村での当たり前だったからだ。
「ええっ、そんなことも知らないの?」
エヴィアスから領都までの道すがら、僕からそんな話を聞いたルーリさんは、僕にわかるように色々教えてくれた。
領都の名前はエモス。
そしてこの地はウィリス王国のタスカ領であり、ダスカス公国という国との国境近くに存在する。
国境近くと言っても、今までのウィリス王国はダスカス公国と一度も戦争をしたことも無く、今も特にこれと言った紛争を起しているわけでも無い。
そもそもそれぞれの国の間には高い山脈が立ちはだかり、双方が行き来できる山道は一カ所しかなく、何があったとしてもどちらも簡単には手出し出来ないだろうとルーリさんは言った。
「改めまして。僕は【ゴブリンテイマー】のエイルと申します」
ルーリさんに恥をかかせたくないと思った僕は、気圧されていた心を奮い立たせて姿勢を正すと、もう一度自己紹介をし直すことにした。
「テイマーか。しかし【ゴブリンテイマー】とはどういうことだ?」
「えっと……僕のテイマースキルは【ゴブリン】しかテイム出来ない特殊スキルでして」
「ゴブリンだけだと? ゴブリンなんぞ子供より弱い種族ではないか」
ターゼンさんは、僕の自己紹介を聞いて少し首を傾げ、じっと僕の目を見つめてきた。
もしかしてルーリさんと同じく『嘘を見抜くスキル』でも持っているのかもしれない。
一代にして商人として成功した人である。
それくらいのスキルは持っていてもおかしくは無い。
「ゴブリンと言っても、エイルくんのゴブリンは――」
ルーリさんがフォローをしてくれようと口を開いたけれど、それをターゼンさんが手で制する。
「アヤツが選んだ冒険者だ。ただ者では無いのだろう?」
「ええ。彼は単独で――いいえ、彼と彼のゴブリンたちは、他に誰の助けも借りずにワイバーンを撃退しました」
「ほう。ワイバーンというとまさか?」
「この領都から逃げ出した個体ですわ」
ルーリさんの言葉を受けて、ターゼンさんは少し眉間の皺を深くする。
「あのワイバーンが、主を失ったとは言え人を襲うとは思えんのだがな」
「今日、お伺いしたのはその件も含めて、ターゼン様にお話を聞かせて貰いたく」
懐から一通の手紙を取り出しながら、ルーリさんはそうターゼンさんに告げた。
それはギルマスから、ターゼンさんに宛てた手紙で。
「アガストからか。ここでずっと立ち話も何だ」
ターゼンさんは、店員に後を任せると告げると、僕らを奥の応接室へ招き入れ、自らの手で三人分のお茶を入れてくれた。
こんな大きな商会の代表が、自らの手でお茶を入れることを少し不思議に思いながら、僕はルーリさんとともにソファーに座る。
「それじゃあ先にこの手紙を読ませてもらうから、君たちは少し待っていてくれ」
「はい」
「ええ、それはかまわないのですが……」
僕に続いて返事をしたルーリさんだったが、その顔には今までに見たことも無いような不思議な表情が浮かんでいて。
「……ふむ。ルーリくんが聞きたいことはわかっている」
ターゼンさんは、手にしていたギルマスからの手紙を一旦机の上に置くと、少し口ごもった後話しを始めた。
「今、このレリック商会は、簡単に言えば潰れかけ……いや、このままだと近いうちに倒産するのは間違いないだろう」
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