第32話 ゴブリンテイマー、門前払いを喰らう

「ですから。今、代表は留守にしておりまして」

「今日は店にいらっしゃると聞いて来たのですが? 本当は奥にいらっしゃるのでしょう?」

「ですから、代表は急な用件で隣町まで出かけておりますのでお引取りください」


 僕たちが領都の中央通りにある三階建ての立派なダイト商会にやって来てからしばらく。

 ルーリさんと、店員の押し問答が続いていた。


 店員の目を見ればルーリさんのスキル『真実の目』では嘘をついているかどうかはわかるはずだ。

 だが、店員はルーリさんと一切目を合わせようとしない。

 もしかするとこの店員はルーリさんのスキルのことを知っているのかもしれない。

 それか、誰かから彼女の目を見ないようにと言い含められているかのどちらかだろう。


「わかりました。それではウチのギルマスからの手紙はお渡ししておきますので、お帰りになったら領都ギルドの方へ連絡ください」

「はい、一応承りますが……代表も忙しい身ですので直ぐには連絡は付かないと思いますよ」

「……そうですか。とりあえず私、暫くは領都に居ますので。あ、あとこの髪飾り、頂けます?」


 ルーリさんは小さな髪飾りを自分の顔の前に差し出して言った。


「あっ……はい。お包みいたしますか?」

「要らないわ。ここで付けていくから」


 ルーリさんがそう答えながら店員にお金を渡してから、その髪飾りを僕に差し出す。


「え?」

「付けてくれるかしら?」

「僕がですか?」

「他に誰がいるの? ほら早く」


 髪飾りを僕に押しつけたルーリさんは、そのまま横を向いてしゃがみ込む。


「僕。女の人に髪飾りなんて付けてあげたこと無いですよ」

「じゃあ私が初めてなのね。うふふ」


 ルーリさんの肩が愉快そうに揺れるのを見ながら、僕は少し頬が紅潮するのを感じながら、ゆっくりと彼女の髪へ手を伸ばす。

 指先に触れる艶やかな髪に、一瞬手を引っ込めてしまうが、意を決して髪飾りを付けるため髪を掴んだ。


「こ、これでどうですか?」


 僕は店員から受け取った手鏡をルーリさんに手渡して、そう聞いた。

 彼女はしばらく手鏡で自分の頭を見てから「うん。ありがとう」と答えると立ち上がった。


「とても初めてとは思えないわね」

「は、初めてですよ……人間相手には」

「人間相手では?」


 僕は怪訝そうに聞き返すルーリさんに慌てて両手を振ってごまかすように声を上げる。


「言葉のあやってやつですよ」


 まさかゴブリンの毛を整えたりしていたことをルーリさんに言うわけには行かない。


「そっか。うん、まぁいいわ。それじゃあ店員さん、これは貰っていくわね」


 そうルーリさんは店員に告げると「いきましょう」と僕の手を引いてダイト商会の外へ向かう。

 ダイト商会の中には髪飾りの他にも様々な商品が並べられていて、買い物客もかなりいる。

 その買い物客をかき分けるように外に出ると、ルーリさんはその場で大きく息を吸い込むと、僕に少し疲れた笑顔を向けた。


「本当に代表のダイトさんは居ないんでしょうか?」

「あれは嘘よ」

「でしょうね。店員さんの目が、あからさまに泳いでましたし」

「きっとダイトから聞いてたんでしょうね。私の目をなるべく見ないようにしてたから。でも一瞬だけ目が合った時に読んじゃったわよ」


 そう言って自分の頭に飾られた髪飾りを指さすルーリさん。

 どうやら先ほど髪飾りを買ったのは、店員が確認する時に相手の目を見るためだったらしい。


「それで、どうするんです?」

「どうもしようが無いわね。しばらく待って返事が無ければもう一度来るしかないかな」

「それでも居留守を使われたら?」

「その時は店の前に張り付くしか無いでしょうね。面倒だけど」


 ルーリさんの目は、四階建てのダイト商会本店の最上階に向けられた。

 そこにダイト商会会長ケリー・ダイトが居ることを見透かすように。


「調べてみます?」

「どういうこと?」

「僕のゴブリンを使って、あそこの部屋を調べてみますかって話ですよ」


 僕はルーリさんが見つめていた場所を指さして告げる。


「出来るの? だったらお願いしたいけど」

「もちろん出来ますよ。でもここでゴブリンを召喚すると目立っちゃうな」

「それならこっちよ」


 僕はルーリさんにまたもや手を引かれて、ダイト商会の建物から少し離れた狭い路地の奥へ向かった。

 この領都は、狭い土地に様々な建物を建てたせいで、かなり入り組んでいて、こういった人通りが極端に少なく人目に付きにくい路地がそこかしこにあるらしい。


「本当はあまり来たくない所だけど、エイルくんがいるなら襲われても大丈夫よね」

「もちろん。任せてください。それじゃあとりあえずゴブリンを呼び出しますね」


 そう答えると僕は腰のテイマーバッグに手を伸ばした。

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