第30話 ゴブリンテイマー、領都にたどり着く
僕は改めてルーリさんのギルドカードに目を落とす。
持ち主の名前には『ルーリ』とだけ書かれているので、ルーリさんは貴族ではないことがわかる。
この国では名前以外に名字を持つのは貴族のみの特権である。
冒険者やギルド職員に貴族などいるわけが無いと、僕もルーリさんの授業を受けるまでは思っていた。
しかし貴族と言っても、全員が家を継げるわけでも領地を持っているわけでも無い。
名前だけの貴族もこの国にはそれなりの数存在していて、大抵は子供の頃から剣術などを学べる環境にいたため、そのまま冒険者や兵士になることも多いらしい。
「えっ!?」
「どう? 驚いた?」
ギルドカードに表記されているのは主に名前と冒険者ランクのみである。
他にも所有しているスキル名が僕の場合表示されていたが、これは任意で表示しないように出来ると聞いて、僕も今は非表示にしている。
あとは見えないだけでカードには様々な情報が入っているらしいけれど、その内容は一定の権限を持つ者の許可が無ければ読み出せないようになっているらしい。
その権限についても何段階も分けられていて、個人の情報が簡単に出回らないようにされているとのこと。
なので僕が驚きの声を上げたのは名前以外で唯一読み取れるもの――彼女の冒険者ランクを目にしたせいだった。
「ルーリさんってBランクの冒険者だったんですね」
「凄いでしょ?」
「凄いというか、信じられないというか」
目の前で楽しそうに笑う細身で美人なお姉さんが、Bランクの冒険者だなんて。
さすがに信じられず、なんどもギルドカードを見なおすが、やはりそこには『ランク B』と間違いなく書かれていた。
「なのにどうしてギルドの受付嬢なんてやってるんですか!?」
「それはナイショ」
ルーリさんは少し戯けたようにそう返事をすると、僕の手からギルドカードを一瞬で奪い取り、胸元に仕舞い込んだ。
だけどそうか。
彼女のスキルは伏せられていてわからないが、この華奢なな体でBランクと言うことは、かなり強力なスキルを持っているに違いない。
だからギルマスは自分の代わりにルーリさんを領都へ送るのをためらわなかったのだろう。
「わかりました。ルーリさんが何故受付嬢をしているのかはもう聞かないでおきます」
僕はそう言うと、道の先に見えてきた大きな門に目を向けた。
それは領都の周りをぐるっと囲んだ壁に数カ所ある出入り口の一つで、僕らのような徒歩の旅人はその脇にある人が二人通れるほどの扉から中に入ることになっている。
他にも行商人の馬車が通れる中程度の扉もあるが、一番大きな大門が開くのは王族が行列を引き連れてやって来た時くらいなのだそうだ。
といっても辺境の国境に接するこの領地に王族がやってくる事はほぼ無いらしく、今まで一度ほどしか使われたことが無いらしい。
「あの中にワイバーンの主を殺した犯人がいるんですね」
「どうかしら。もうどこか別の所に逃げてしまっているかもしれないわよ」
たしかにその可能性もあるかもしれない。
「そういうこともギルドの資料を調べればわかるんでしょうか?」
「領都を出入りする冒険者についてはギルドカードを持っている限り出入りは記録されているはずよ」
領都に出入りするには身分証明書を提示した上で数カ所にある門のどれかを通過する必要がある。
なので、領都を出入りした人についてはきっちりと記録が残っているらしい。
「もちろん冒険者だけじゃ無く商人や旅人も記録されてるわ」
「それじゃあまずワイバーンの主が暗殺された日の前後数日の間に、領都を出入りした冒険者をリストアップしましょう」
「といっても領都はこの領内の中心にあるから、数日とは言ってもかなりの数が出入りしているはずだから絞り込むのは少し骨が折れそうだわ」
ルーリさんは少しわざとらしく肩を回してそう言った。
「でもルーリさんならそんなに時間を掛けずに犯人を割り出せるんでしょ?」
「あら。どうしてそう思うの?」
ルーリさんは意外そうな顔で僕を見る。
そんなに僕は頭が回らない子だと思われているのだろうか。
だとしたら心外だ。
「だって、ギルマスがあえてルーリさんを指名して送り込んだってことは、ルーリさんの【スキル】を使えばなんとかなると思ったからじゃないかなと思ったんだ」
僕はそう答えると、驚いた顔のルーリさんに向けて「図星でしょ?」と笑ってみせたのだった。
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