第20話 ゴブリンテイマー、二つ名をつけられそうになる

「ふへぇ、ルーリさんスパルタ過ぎるよ」


 翌日の昼過ぎ、僕はギルド一階に併設された酒場でミルクを飲みながら机に突っ伏していた。

 一応成人である十五歳の誕生日は迎えているのでお酒も飲めるのだが、村にいる時に一度口にしたそれはあまりに苦く、僕にはとても美味しいとは思えなかった。

 なので、今でも僕の飲み物はミルクか、それに味をつけたものしか注文しない。


「でも僕が今まで知らなかったことが色々わかって良かった。このまま冒険者を続けていたら大きなミスをするところだったよ」


 そうこうしているうちに手元のジョッキからはミルクが無くなってしまう。

 僕は椅子から立ち上がるとカウンターに向かい、今度はコーヒーミルクを注文する。


「コーヒーは少なめがいいのかい?」

「はい。苦いのは苦手なので」


 お昼の忙しい時間が過ぎ、店内の客もほとんど居ないこの時間。

 給仕の人たちも休憩に入り、今はカウンターの中でマスターが一人注文を受けたものを作っている。


 給仕の居ない時間帯、このギルド併設の酒場は配膳もセルフサービスになる。

 それも昨日からきょうにかけてのルーリ教室で教えてもらったことの一つだ。


「マスター」

「なにかな?」

「ルーリさんって恋人とか居るのかな?」


 僕のその問いかけに、マスターは一瞬だけ間をおいてからコーヒーを淹れる手を止めないまま答えてくれた。


「今は居ないはずだけど。もしかしてゴブリン坊っちゃんはルーリちゃんのことを狙ってるのかい?」

「うーん、わかんないけど。もう少し仲良くなれたらなって思ってる。あとゴブリン坊っちゃんって何?」

「おっと、嫌だったかい。これはすまないね。荒鷲の奴らがそう呼んでたから、二つ名が決まったのかと思ったんだ」


 これはお詫びだと、マスターはできたてのコーヒー少なめのコーヒー牛乳に、小さな豆を炒った物を小皿に入れてつけてくれた。


「別に嫌ってわけじゃないけど、それが二つ名だったらかっこ悪くない?」

「そうかい? ルーリちゃんは気に入ってたみたいだけどね」

「本当?」

「嘘だとおもうなら本人に聞いてみればいい」


 マスターは僕の開けたミルクのジョッキを簡単な水魔法を使い洗いながら、視線を僕の後ろへ向けた。


「なぁに? 私の話でもしてたのかしら?」


 同時に背後から聞こえてきたのはルーリさんの可愛らしい声。


「い、いつから居たんです?」


 もしかして僕がルーリさんを好きかどうかという話も聞かれていたんじゃないだろうか。

 僕は思わず上ずった声でそう尋ねる。


「いつって、ついさっき上から降りてきたところだけど」

「そ、そうですか」


 あからさまにホッとした表情を浮かべた僕を見て、彼女は少し眉根を寄せる。


「もしかして私の悪口でも言ってたんじゃないでしょうね?」

「悪口なんて、どうして僕がそんな」

「だって、昨日も今日も少し厳しすぎたかなって……」


 彼女が言っているのはルーリ教室の事だろう。

 たしかにぐったりするほど厳しかったが、僕はその事を恨んだりはしていない。

 むしろ感謝しているくらいだ。


「ルーリちゃん。この子はそんなことは何も言ってなかったよ」

「マスターが言うならそうなんでしょうけど」

「そうですよ。僕はむしろルーリさんに教えて貰って良かったって思ってますし」


 必死に弁明する僕を見て、ルーリさんは寄せた眉を元に戻すと、カウンターまで歩いてきて僕の横に座る。


「マスター、私にもコーヒーミルクお願い」

「濃い奴でいいんだね?」

「もちろん。ちょっと眠くなってきた所だしシャッキリしないとね」


 そう言ってルーリさんは僕の手元にある、ほとんどミルクに近い薄味のコーヒーミルクを見る。


「僕は眠くないので」

「そういうことにしといてあげる」


 僕は両手でジョッキを持つと、ルーリさんの視線から隠すように一口飲む。

 今朝も思ったけれど、マスターの淹れるコーヒーの香りは絶品だ。

 いつかこのコーヒーの味がわかる大人になったら、ギルマスみたいに何も淹れずブラックで飲んでみたいと思っている。

 でも今はまだ無理だけど。


「そういえばルーリさん。僕の二つ名なんですけど」

「ゴブリン坊ちゃんの事?」

「それです」

「とても可愛らしくていい二つ名だと思うんだけど、もしかして嫌だった?」


 何故だかルーリさんが表情を曇らせた。


「嫌ということは無いんですけど」

「良かった! その二つ名って私が付けたの」

「ええっ、ルーリさんがですか!?」


 僕は目の前で嬉しそうに語る彼女を見て、余計なことを言わなくて良かったとホッと胸をなで下ろす。


「二つ名ってね、最初は思いっきりストレートな方が縁起もいいのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。ギルドで良く言われてることがあってね。最初から強そうな二つ名を名乗ると早死にしちゃうんだって」

「どうしてです?」

「名前負けしちゃうらしいのよ。その凄そうな二つ名を見て、無茶な指名依頼がされたりとか、本人もその名前を傷つけまいと無茶をしたりとかね」


 そういうことが度々あって、ギルドでは実際に実績が積み重なるまでは、わかりやすく本人の資質を表すだけの二つ名が良いと言われているそうで。


「それに本当の意味での二つ名はAランクに上がった時に決めることになってるの。その二つ名はギルドに登録されて、それからは本当の意味で冒険者のもう一つの名前として扱われるようになるわ」

「つまりそれまでに格好いい二つ名を考えておけば良いわけですね」

「そういうことね。たとえば『ゴブリンの王』とか『ゴブリンスレイヤー』とかどうかしら?」

「前者はまだしも後者はゴブリンを倒す人じゃないんですか?」


 その後も僕はルーリさんの休憩時間が終わるまで、彼女の考えた格好いい僕の二つ名候補を延々と聞かされる羽目になった。

 そして彼女の休憩時間が終わり業務に戻ろうとカウンター席を降りた時だった。


 バァン!!!


 ギルドの入り口が大きな音をたて開かれたかと思うと、傷だらけの男と女の二人組が転がり込んできたのである。

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