【レンエン編】 「未来ノ予約」
夜の
格子窓の向こうに見える
「お客さんも来ないみたいだし、今日は店じまいかしらね」
作業台の上においた
「ごめんなさいね。今日はもう――あら、あなた」
少し身を
彼は私と目が合うと、柔らかく笑って
「こんばんは。今日は店じまいですか?」
「えぇ。そろそろ閉めようかと思っていたんだけどね。また何かの調査かしら?」
「いえ。今日は客として来ました」
彼は少し嬉しそうな笑みを口元に浮かべ、
その表情を見て、ハッとした。以前ここへ来た時、私が
次に会うのはまだまだ先の話だと思っていたけれど、どうやらその時が早くもやってきたみたい。
「もしかして。あの約束、もう果たしに来たのかしら?」
「そのまさかです。今のうちに予約しておこうと思いましてね」
その答えを聞いて、私は「そう」と、興味のないふりをして、素っ気なく返した。
あまり
「どれがお望みかしら。簡素だけれど、この紅玉の
「それも素敵だと思いますが……新たに作っていただくことは可能ですか? 彼女に似合うものを、一から作ってほしいんです。既製品では意味がありませんから」
照れる素振りもなく、彼はさらりと言ってのけた。それが妙にくすぐったくて、でも
「特注品ってわけね、いいわ。いつまでに必要?」
「未定ですので、制作はゆっくりでかまいません」
「あら、そうなの? 誕生日や記念日に贈るのだと思っていたんだけど。互いに想い合っている仲なのよね?」
そう訊ねると、彼は困ったように笑って返した。
「まだ想いを伝えたばかりなので。そんな状態で贈り物をしたら、重荷と思われかねないですし。彼女が
「意外と
本来、私の持つ
私は軽い気持ちで口にしたのだけれど、彼は目を丸くして驚いていた。どうやら私の言葉は彼にとって予想外だったらしく、堪え切れなくなって吹き出した。
「俺は、そんなつもりはありませんよ。お気持ちだけ、いただいておきます」
「あら、いいの? 私のまじない、よく効くのよ?」
「きっとそうなのでしょうね。街の女性達が"願いが必ず成就する"と、この店の噂をしているのをよく耳にします。ただ――」
彼はそこで言葉を区切り、私が手にしていた
「彼女の想いを簡単に手に入れてしまっては、つまらないですからね。苦労して、必死になって手に入れてこそ意味があるんです。自分の力だけで
私の店を訪れる者はみな、
想い人の心を簡単に手に入れたくて、思いのままにしたくて。
欲しいものは、簡単に手に入れたいと欲が出てしまうものなのに、彼は違っていた。
欲しいと願ったことは、他人の力ではなく自分の力で奪い取りに行く。私にとっては商売あがったりな考え方だけど、それでいい。人の想いは、自由にならないからこそ、面白いものだから。
「私、今日ほど女に生まれたかったと思ったことはないわ。一度でいいから、あなたの心を
「そ、そうですか?」
「まぁ、男にも女にもなれない今の私には、無理な話だけどね。特別な
「もちろん、そのつもりです」
迷いなく答えた彼の笑顔は、射し込んだ夕陽に照らされて、やけに綺麗に見えた。
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