第24話「平穏ハ何処ヘ?」
寄宿舎の階段を下りる足取りは、いつになく
窓から射し込む
それでも一歩ずつ確実に階段を下りて、ようやく玄関へとやってきた。私の足音に気づいたらしく、守衛室の小窓から管理人のオリベさんが顔を出した。
「ミズキちゃん、おはよう」
「おはようございます。今日も天気いいですね」
「うん、とっても晴れているね。まぁ、そんな朝から言うのも気が引けるんだけど……また届いてるよ」
その一言で背筋が凍りついた。
ぽかぽかと暖かな朝陽が射し込んでいるというのに、冬の寒い冷気が足元をサッと流れていったような気がした。
「えっ……またですか?」
「うん、また」
オリベさんは苦笑いを浮かべながら、小窓の下を指差した。
そこには、はち切れんばかりに膨らんだ
私は恐る恐る手を伸ばし、固い結び目を解いた。中から流れ出てきたのは大量の手紙。足元に広がったそれを前に思わず飛びのいてしまった。
「うぅ……今日もこんなにたくさん!」
「あらら。昨日より増えたんじゃないかい?」
「日に日に増加してます……それもこれも全部、来栖さんのせいです!」
溢れだす手紙を再び
新堂スミレ事件が解決して1週間――慌ただしい事件がようやく一段落して、少しばかり平穏が戻ってくるかと思っていた矢先のことだった。数日前から、私宛に大量の手紙が届くようになった。中身はもちろん「呪いの手紙」だ。
私と周防さんの仲について、総務局の女性達に問い詰められたあの時。たまたま通りかかった来栖さんが割り込んで言い放った「ミズキは俺のだから」という、あの発言があっという間に広がり、来栖さんに想いを寄せる信者の女性達のお怒りを見事に買ってしまった。
その結果、私を呪って排除してやろうと思い立った女性達が、呪いの手紙という古風な手段を用いてきたというわけだ。面と向かって何かをされたりしないだけマシかと思っていたけれど、相手の存在が見えないというのも不気味なものだった。
「これなら、周防さんとの仲を認めた方がよかったかもしれない。案外、被害は最小限に抑えられたかも……」
「それ、いつになったら届かなくなるんだろうね」
オリベさんが心配そうに私を見つめた。それは私自身も知りたい答えだった。
これを毎日のように受け取るオリベさんにも、これ以上の迷惑も心配もかけたくない。何とかして届かなくなる方法を考えなくては――そう思ったけれど、こういう時に限って何も思い浮かばない。
「噂が消えるまでは続くかもしれませんね……」
「ミズキちゃん……負けるんじゃないよ」
「が、頑張ります!」
私は風呂敷包みを抱え、急いで寄宿舎を後にした。
今日届いた手紙は予想以上に重たい上に、数が数だけあって風呂敷もそれなりに大きい。ふらつきながら通りを歩く私を、行き交う人々がクスクスと笑っていた。きっと、荷物が歩いているようにでも見えたのかもしれない。
若干の恥ずかしさを覚えながらも、小走りに通りを抜けてなんとか本部へと到着した。暗い
「お、おはようございますっ」
「おはよ――って、いやだ。また届いたの?」
踏み入れて早々、先に来ていたアオイさんが私の姿を見て声を裏返した。
私から風呂敷包みをひょいっと取り上げ、それを机の上に置いた。結び目を解いたとたん、堪え切れなくなった手紙がザザザッと音をたてて溢れだした。
「今日も大量ね」
「確実に、昨日より増えてますよね……」
「こういった類は厄介だからね。しばらくはどうにもならないでしょう」
今日はどんな手紙かしら、なんて冗談を口にしながら、アオイさんは手紙を一通だけ拾い上げた。表と裏を交互にひっくり返し、 うーんと
「ミズキちゃん、これ封を切らなくて正解よ。中に入っている手紙に、
「えっ!?」
「闇人の力まで借りるなんて、相当本気みたいね。多分これ、開けた瞬間に呪いが発動するわね」
「開けた瞬間……もし、私が開けてたら……?」
その先に待っていたかもしれない最悪の結末を想像してしまい、思わず後ずさった。そんな私を
「大丈夫よ。どこの闇人に頼んだかは知らないけど、この手の呪いは力が弱いから。闇人が本気を出したら、呪いどころの話じゃないわ。まぁ念のため、力を無力化しておくわ。他の手紙の処理も任せて」
「すみません、お願いします……」
散らばった手紙を
「なんだ、また届いたのか」
「ご覧の通りです……」
「こうも毎日届くと、いい加減うんざりするな……原因は来栖にあるんだろう? そのまま特務局に置いてきたらどうだ?」
「そうしたいのは山々ですけど。来栖さんに渡しても、何の効果もありませんからね」
力なく笑って立ち上がった時だった。ふと、周防さんが化粧箱のような物を小脇に抱えているのが目に留まった。
「周防さん、それ何ですか?」
「ん? あぁ、これか。アオイの試作品だ」
「あら! もう完成したのねっ。あらら、素敵にできてるじゃないの」
アオイさんは声を弾ませて周防さんに駆け寄り、嬉しそうにその箱を素早く取り上げた。視線の高さまで持ち上げ、あらゆる角度からそれを眺めるその横顔は、なんとも満足気だった。
「アオイさん、試作品って?」
「ほら。私は
「それが、その箱なんですか?」
「これがあれば、今まで以上に記憶を集めることができるわよ」
そう言ってその箱を少し強引に私に持たせると、フフッと笑いながら
静かに流れ出したのは、優しいオルゴールの音色。化粧箱だと思っていたその箱はオルゴールだったらしい。そう思っていた矢先、ふわりとした浮遊感に襲われて目を閉じると、
見えたのは、私とアオイさんが龍月堂が出した新作の砂糖菓子を食べている――その様子は、まさに昨日、仕事が一段落して休憩していた時の光景だ。
アオイさんがオルゴールの
「アオイさん、このオルゴール何ですか!? 私、
「素敵でしょ。ミズキちゃんの反応を見てると、何だか成功しそうな気がするわ」
再び私の手からオルゴールを取ると、それをくるりとひっくり返した。底の部分には大きな瞳のような紋様が彫り込まれていた。
「この紋様は、相手に幻覚を見せる時に使うものなんだけどね。これに周防さんの力で記憶を書き込んで、かつオルゴールの音色に反応して力が発動するようにしてみたの」
「つまり、オルゴールを鳴らすと紋様に刻まれた記憶が再生して、いつでも記憶を見ることができるというわけですね!」
「そうなのっ。これで〈思い出の保存〉の希望者も増えるだろうし、事件解決に繋がる記憶もたくさん集まるはずよ」
愛おしそうにオルゴールに口づけする様は、まるで我が子でも可愛がるかのようだった。その姿がなんとも
「アオイ。そのオルゴールの宣伝文句を考えて欲しいって、広報局のヤツが言ってたよ」
「それって実用化してくれるってことね? それじゃ、さっそくお手伝いしてくるわ」
アオイさんは鼻歌混じりに古書館を出て行った。
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