第6話 聖女様と晩ご飯
「肉じゃが、出来ましたよー」
「うーい。じゃあ皿用意しておくー」
すげえいい匂い。
手際も良かったし、マジで普段から料理してるんだな。
……エプロン姿の美少女って国宝だと思いませんか?
もっとも、国宝を見たことをクラスの野郎に知られたら……代償として紐無しバンジーは確定だろうなぁ……。
「まさか、お皿まで足りないとは思いませんでしたよ」
「だって1人暮らしだし? 使わない物は買わないだろ」
「お友達を呼んだりは……?」
「冬真を誘ったらひなたもセットで付いてくるだろ? 何で俺の部屋でリア充のいちゃつきなんぞ見ないといけないんだ? そんなことになったら塩の掃除が大変だろ」
「お塩を撒くことは確定なんですね……」
当然だ。
打ち首にしないだけありがたく思ってほしいもんだな。
「他のお友達は?」
「命を狙ってくるような奴らを……友達って呼んでいいと思うか?」
「……食べましょうか」
「……分かってくれて何よりだよ」
ま、俺もあいつらの内の誰かが彼女とか出来たとしたら確実に殺るだろうな。
抜け駆けは許さない。他人の幸せは不幸の味ってな。
同じ目的で動ける仲間がいるっていいね、友情バンザイ。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
野郎共のことを想像してたらせっかくの飯がくっそまずくなりそうだったので、早々に手を合わせてじゃがいもに箸を伸ばした。
「……ど、どうでしょうか」
「うまっ! すげえ美味い!」
「それはよかったです。実は人に手料理を振る舞うのはこれが初めてだったので……安心しました」
「いやマジで美味い! ……おかわりっ!」
「……もうっ、よく噛んで食べないと体に悪いですよ?」
こんなもん食っちまったらもうカップ麺には戻れ……ないことはないな、うん。
やっぱソウルフードって最強だわ。
「じゃがいもをこんなに美味いって感じたの初めてだ」
「そんなに褒めても、おかわりしか出ないですよ? はい、どうぞ」
「十分すぎる物が出てきた……! やっぱ美味え!」
春宮が微笑みながら渡してきた茶碗を受け取り、また一心不乱にかき込んだ。
にんじんもいとこんもたまねぎも……なんでこんなに美味いんだ!?
出汁か!? 出汁が違うのか!?
って、またすぐ空になりやがった……!
「はぁ……はぁ……肉じゃが……俺に、肉じゃがを……くれぇ」
「何だか秋嶋君が危ない人に!? べ、別に変な物は入れてませんからね!?」
まるで薬を求める中毒者のように、俺は鍋に向かって手を伸ばす……!
美味え……! 美味え……!
「ちょ……そんなに食べて大丈夫ですか?」
「……問題ない。これで腹がはち切れても、本望だ!」
「本望なんですか!? こんなことで命を落としたら死んでも死にきれませんよ! 残りはタッパーに詰めておきますからね!」
「あぁっ!? やめっ、やーめーろーよぉ!」
俺の懇願も虚しく、肉じゃがは俺の目の前で無慈悲にも全てタッパーという名の檻に収容されてしまった。
……まあ普通にタッパーから出して食えばいいんだけどな。
♦♦♦
「ごちそうさまでした。いやーマジで美味かったわ。サンキューな、春宮」
「お粗末様でした。さて、後片付けですね」
「待て、それは俺にやらせてくれ。飯作ってもらっといて、片付けも任せるとか出来るかよ」
「そうですか? では、お任せします」
俺だって流石にその程度の義理堅さぐらいは持ち合わせてる。
その代わり、やられたらやり返すけど。
目には目を、歯には歯を、無礼には無礼をだ。
洗剤をスポンジに付けるとすぐにいい匂いがふわりと広がり、泡がスポンジを覆うようにに埋め尽くした。
「洗った食器は明日返すんでいいか?」
「はい。急がないでいいですよ。私の部屋にはまだ食器がありますので」
「おっと、それは私の方が友達が多いから食器を使う機会が多いという俺に対してのマウンティングか?」
「そんな悲しいマウントなんて取りませんよ!」
なんだ違うのか……そりゃそうか。バカなことを聞いた。
よし、こんなもんかな。
「終わったー」
「お疲れ様です」
「テレビでも見てればよかったのに」
「いえ、人様の家で電気代を勝手に浪費するのはどうにも気が引けて……」
「お前本当真面目だな……俺なんてたまに付けたまま寝落ちしてることがあるぐらいだぞ」
そんで、夜中にテレビの音で目が覚めて、消してそのまま2度寝に入るまでが1セット。
「気持ちは分かりますけど……少しは節約に意識を向けてみた方がいいんじゃないですか?お金を払ってくれているのはご両親なんですから」
「へいへい。聖女様の仰せのままに」
「もうっ! それやめてくださいってば! はぁもういいです。私はそろそろ帰りますね。今日は突然押しかけるような形になってしまって、ごめんなさい。……では、お休みなさい」
「ああ、お休み……っと、そうだ。春宮」
俺は冷蔵庫からある物を2つ取り出して、部屋を出ていた春宮の背中に声を投げかける。
「なんですか?」
「ほら、飯作ってもらった礼」
そして、1つを春宮に向かって軽く放ると、春宮は両手でお手玉しつつもなんとか落とさずにキャッチした。
「わっとと! 急に投げないでください! ……これは、プリン?」
「まあせっかく買ったわけだし。3つあるし、1つやるよ。お前食べたそうにしてたからな」
「べ、別にそこまで食べたかったわけじゃ……! で、でも……ありがとうございます!」
「っ………! おう。改めてお休み」
聖女様のお休みなさいという声を背中で受け止めて、俺は部屋に戻ってプリンを口にした。
「……甘ぇ」
あの笑顔のせいで、いつも食べてるはずのデザートがいつもの倍ぐらい甘く感じるわ。
プリンを両手で持ってはにかむ春宮の顔がどうにも俺の頭から離れない夜になってしまった。
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