第5話 聖女様と買い出し
「どうして冷蔵庫の中に何も無いんですか……あれじゃ冷蔵庫がある意味がありませんよ……」
「どうしって言われてもな……1人暮らしの男にとって、冷蔵庫なんて飲み物を冷やしてアイスを入れるだけのただの箱だろ?」
「それは秋嶋君だけですよっ! どうして冷蔵庫を買ったんですか……」
頬を膨らませて小柄な体躯で懸命に訴えてくるその姿はまさに小動物のそれ。
今日1日を通して分かったのは、聖女様と呼ばれる春宮が割と表情豊かだということだ。
「しょうがないだろ。1人暮らし始めるにあたって必要そうな家具揃えただけなんだから。家具を選ぶって結構楽しいよな」
「それはちょっと分かりますけど……! はぁ、もういいです」
「して、シェフ? 今日は何を作るおつもりで?」
言い忘れていたけど、俺と春宮はスーパーに買い出しに来ている。
俺の部屋の冷蔵庫の中身があまりにもクソ雑魚ナメクジだったので、面倒だけど仕方ないね。
「そうですね……肉じゃが、などはどうですか? タッパーに詰めて置いておけば、数日は取り置き出来ますし」
「俺の部屋、タッパーなんて文明の利器置いてないぞ」
「タッパーを文明の利器呼ばわりするなんてきっと原始人くらいのものですよ」
「……ん? 今しれっと原始人呼ばわりされた!?」
あの聖女様と呼ばれているような奴が今あろうことかクラスメイトを原始人呼ばわりしてきたのか!?
一応彼氏役の俺を!?
「……なんですか?」
「……いや、春宮も普通に毒吐いたりするんだなって……聖女なんて呼ばれてるのに」
「私、その呼ばれ方あまり好きじゃないんですよ。そんな褒められた人間じゃないと思いますし」
「ふーん、そうか」
春宮も色々と大変らしい。
眠たげな半眼の奥に何を見ているのかは分からないけど、俺たちはとりあえず、カートを持ってスーパー内を周り始めた。
♦♦♦
「牛肉、じゃがいも……あといとこんにゃくと……にんじんたまねぎ……調味料は私の部屋にある物を使えばいいとして……」
「調味料ぐらい買って帰れば……」
「ダメです! 節約出来るところは節約していかないと!」
「うぃっす。さーせん」
完全に女の尻に敷かれる男、秋嶋陽。
でも……女の尻に敷かれるって物理的な意味なら……悪くねえ。
「でもタッパーは買わないといけませんね……小さいのと大きいのを買っておきましょう」
「お、お任せします……」
この件に関して、俺は無力もいいところだ。
うん! 黙って会計時の財布に徹するとしよう! ……ん? あれは……!
「し、新作のカップ麺……だと!? ……春宮!」
「ダメです」
「しかし御大将! カップ麺が……カップ麺のやつが俺に買って欲しそうにこっちを見てくるんでさあ!」
「なんですかその変な口調は!? 下手に出てもダメったらダメです!」
くそう……明日またスーパーに来て買うしかないか。
「……もしかして、明日にまたスーパー来て買えばいいとか思ってます?」
「カップ麺、食べたい」
「片言になるほど焦がれてるんですか!?」
それはもう、この世の何よりも求めてる。
「提案だ! 交換条件として、プリンも俺の金で買っていいから……!」
「……ぷ、プリンですか」
「もしかして、効果アリ!?」
プリンという単語に春宮の肩がぴくっと跳ねたのを俺は見逃さなかったぞ!
「プリンなんて、1人暮らしで節約暮らしの私には手の出し辛い物……」
「3個入りのでいいぞ?」
「さ、3個入り……や、やっぱりダメです!」
「チィッ! あともう少しだったのに!」
でも春宮は甘い物に割と弱いってことが分かったのは収穫だ!
取引材料に使えるかもしれないし、覚えておこう。
「人のお金を使ってまで贅沢するつもりはありませんから!」
「……まあ、俺が食いたいから買っておくか。それならいいだろ?」
「仕方ないですね……では、お買い物に戻りましょうか」
俺のせいで数分近く立ち止まっていたカップ麺置き場からようやく動き出した。
「秋嶋君といると、同級生というよりも子供と接するお母さんの気分が味わえますね」
「これから先の予行演習になっただろ? いい経験が出来てよかったな」
「……子供扱いしてることはいいんですね」
「あ、マジだっ!? 春宮お前!?」
全然気が付かなかった!
「俺のような大人を子供みたいだなんて……どこをどう見て言ってるんだよ」
「一応聞きますけど……どの辺りが自分で大人だと思うんですか?」
「えーっと、すぐ屁理屈を言うし……汚い嘘吐くし……相手の弱味握ったらすぐさま脅すし」
「秋嶋君の大人に対するイメージが汚すぎませんか!? それと子供もよく屁理屈を言いますよ!」
え? 大人ってそういうもんじゃないの? 自分の感情を押し殺して損得で動くように生きるようになったら大人だとばかり……!
「秋嶋君と結婚する女性はきっと苦労するでしょうね……」
「全く否定が出来ない」
「そんなに自信満々に頷かなくても……でも、まあ……」
春宮がそこで言葉を区切ったから、何事かと思って隣を見ると……言葉を失ってしまった。 なぜならそこには――。
「――秋嶋君はとっても優しいですし、きっといいお婿さんになると思いますよ。お嫁さんになる人は毎日笑って過ごせそうなことも間違いないですね。今日1日秋嶋君と過ごした私が保証します」
――聖女たる名前に恥じない温かい微笑みを俺に向ける、春宮の姿があったから。
「……ま、まあ。俺たちはまだ高1なんだし、結婚の話なんてしてもしょうがないだろ」
「ふふっ……そうですね」
反則級の春宮の微笑みを見て、軽口の1つも言えなくなった俺は適当に誤魔化して、肉じゃがの材料を買うことに徹することにしたのだった。
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