第4話 俺と聖女様の近隣事情
「…………」
「…………」
ひとまず、部屋に上げたはいいけど……何から話したもんか……!
言葉が全く出てこねえ!
春宮も驚きのあまり喋れないみたいだし、ここは俺から!
「「あのっ……! あっ!」」
喋ろうとしたらちょうど春宮と言葉が被ってしまった!
や、やべえ……また余計に気まずくなって喋り辛くなったじゃねえか!?
「……ん゛ん゛っ! 春宮はいつからこのアパートに?」
「私は高校入学の1週間前です……秋嶋君は?」
「俺は中学卒業してすぐに……そういや、なんか隣の部屋にそのぐらいの時期に誰か引っ越してきてたような気がするな」
俺はその日実家の方にいたから、誰が引っ越してきたかまでは知らないし……そもそも興味が無かった。
だけど、外のポスト見たらがっつり春宮って名前が書いてあったわ。
「……春宮って引っ越し先の隣人に挨拶をしないタイプ?」
「いえ、そんなことはないですよ? ……秋嶋君のお部屋にお引っ越しの挨拶に行こうとすると何故か必ず留守だったり、タイミングが合わなかったんです……確実にお部屋にいる夜に訪ねるのも失礼になるんじゃないかって思って動けなくて……」
「そうだったのか……すごい偶然だな」
今日まで神様か何かの存在が俺たちを合わせないようにしてたとしか思えない……!
だって隣の部屋なのにお互いの存在を疑いすらしなかったし!
「あ、あとで挨拶の品をお渡ししますね!」
「あぁ……何か悪いな」
「いえ……それにしても、お隣の住民が秋嶋君だったなんて……ということはお風呂場から聞こえてくる歌声もそうなんですよね?」
「……………………………………ヒトチガイデス」
はははっ、突然何を言い出すかと思えば……俺が風呂場で歌ってる? そんなバカなことがあるわけががががっ!
「いつも楽しそうに歌ってるのを聞いて、面白い人だなと思ってたんですよ! 是非1度お会いしてみたいとも思ってました!」
「いっそ殺せぇ! このまま生き恥を晒すぐらいならここで命を絶ってやるっ!」
「落ち着いてください! 秋嶋君の歌を聴いて、私とっても元気をもらってたんですよっ!?」
くそっ! 流石に2階から飛び降りただけじゃ打ちどころが悪くない限り絶対に生き残ってしまう!
「どうして刃物を取り出してるんですか!? ダメですってば!」
「離してくれ! 俺という生き恥の生涯はここで幕を下ろさないといけないんだ!」
「秋嶋君! 私を見てください! バカにしているように見えますかっ!?」
言われて、春宮の曇りのない目を見つめる。
同時に少しだけ冷静さを取り戻した脳内が、今の状況を認識した。
……春宮が、俺に……抱き着いている……だと!?
鼻先を清潔感のある香りがくすぐり、至近距離に聖女様と喩えられるほどの可愛らしい顔があった。
――そして、何より……抱き着いているせいで、春宮の柔らかな色々な感触がッ!? クソッ思ったより大きい……じゃねえよ!
「……春宮、落ち着いたから離してくれ」
「よ、よかったです……って何してるんですか!?」
「え? 煩悩を払う為に壁に頭打ち付けておこうかと……」
「全然落ち着いてないじゃないですか!」
結局、俺が正気を取り戻すのには……更に5分ほど要してしまった。
♦♦♦
「悪い、超取り乱した」
「本当ですよ……落ち着いてくれてよかったです」
人は慌てると冷静さを欠き、とんでもない奇行に走るらしい。勉強になった。……忘れたい。
「歌ってることは忘れてくれると助かる……! 後生だから!」
「そこまで恥ずかしいことじゃないと思うんですけど……私もお風呂に入った時歌ったりしますよ?」
「隣の部屋に聞こえるほどの音量で歌ってるのが恥じゃないなら何が恥なんだろうな……」
心底角部屋でよかったと思う。
これからは歌うことは控えよう……俺の歌手人生はここで引退だ。端から目指してないけど、引退だ!
「……っと、もうこんな時間か……飯の時間だな」
「秋嶋君は普段自炊とかするんですか?」
「いや、俺は大体これ」
棚から取り出したるは我がソウルフードカップ麺。
……何か春宮が信じられないものを見る目で俺を見てくる。解せん。
「……まさか、休日の時は……朝から晩まで……?」
「朝は食べないこともあるけど、昼から晩まで家にいる時はこれ」
「没収ですっ!」
「あぁっ!? 返せよ! 俺のマイフレンドォ! 俺の生活はそいつに支えられてるって言っても過言じゃないんだぞ!?」
春宮がその小柄な体躯からは想像もつかないほどの俊敏さで俺の手からカップ麺をスティールしてきやがった。
「そんなに偉そうに言うことですか! こんな物ばかり口にしていたら体調を崩してしまいますよ! 栄養バランスをもっと考えてくださいっ!」
「くっそぉ……ぐうの音も言わせないような正論をここぞとばかりに並べやがってぇ……!」
仕方ない、やつは諦めよう……棚の中にはまだやつの代わりなんていくらでもいるんだからなぁ……!
「……隣になったのも何かの縁ですし、私が何か作りますっ!」
「料理出来るのか?」
「お母さんから一通りの家事は教わっていますので! 秋嶋君は……聞くまでもないですね」
「おうっ、参ったか」
呆れたようにため息を吐く春宮に俺は胸を張ってどや顔をして見せた。
うわぁ……すっげえ嫌そうな顔!
聖女様のこんな表情引き出せるの俺だけなんじゃねえの? あれ? 俺すごい……?
「仕方ありません……秋嶋君の健康を守ることはきっと助けてもらった恩返しにも繋がると思いますし……嘘とは言え、彼氏役を頼んで迷惑をかけてしまっているので……」
「……まあ、俺は嘘とは言え、お前の彼氏を引き受けて、お前はその礼に飯を作ってくれる。そんな関係性でいいんじゃねえの?」
WINーWINの関係と考えれば……悪くないような気がした。
野郎共から命がけの制裁を受けることも、美少女の手料理を食べられると思えば……それも悪くない……よな?
冷蔵庫の中身を見ながらまた顔を顰めた聖女様を見て、少しだけ役得かもしれないと思うことが出来た。
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