Y02 疑心と天然が手を挙げる





 改めて共催委員とは、生徒会執行部と共に行事を企画・運営する委員会である。それゆえに、共催委員の集まりは基本的に生徒会執行部と合同で行われる……らしい。


「それでは第1回定例議会を始めます」


 前に一列に座る執行部のうちの1人が、よく通る声でそう宣言した。ちなみに、俺たち共催委員は彼らを囲うようにコの字になって座っている。


「にしても重々しい空気だな……」


 各クラス4名、計72名の共催委員と7名の執行部で、この会議室には80人近くもの生徒が集まっているのだから当然といえば当然だが。

 昨年は委員会に所属していなかったため、中学とはまるで違う荘厳な雰囲気を俺は初めて目の当たりにして驚いた。


共催委員ここは特別よ。いわば学校という民主主義国家の国会みたいなものだし」


 感心していると、また隣に座った橘が俺の呟きを拾ってご丁寧に解説までしてくれた。さっきのことは特段怒っていないってことなのだろうか。


「へぇー、国会ねぇ……」

「まぁとはいえ、その多忙さ故に年々人気はなくなってるらしいから、あなたみたいにやる気がない人も多いけれどね」

「……もしかしてまだ怒ってます?」

「なんのことかしら。事実を言ってるだけよ」

「その話し方は余計な棘が多すぎて友達失くすからやめとけ」

「……分かってるわよ」


 何か思うところがあったのか、彼女の声には含みがあったが流石にそこには触れないでおいた。まだそんなところまで突っ込める関係ではない。


 改めて周りを見渡していると、確かに如何にも「じゃんけんで負けてこの委員になっただけで別にやりたくないし、早く帰らせろ」と顔に書いてある生徒が少なくないようにも見えた。

 いくら進学校とはいえ、委員会や行事に積極的に参加するっていうのはきっと少数派なんだろうな。現に俺もそういうタイプではないし。


「じゃあそれでは、ここからの定例議会を仕切ってくれる議長と副議長を決めたいと思います。誰か立候補はいますか?」

「議長……?」


 意味が分からず生徒会役員の言葉を復唱する。議会を仕切るのは執行部じゃなくて俺たちがやるということなのだろうか。


「議長といってもただの進行役よ。カンペ通りに読めばいいだけ。とはいえ目立つからこれもあまりやりたがる人はいないけれど」

「さっきから思ってたけど、お前去年共催委員やってたろ?」

「まぁ一応ね。クラスの誰もやりたがらなかったから仕方なくって感じで」

「その割に今年は自分で手上げてなかったか?」

「そ、それは……別にいいでしょう」


 そう言って、橘は急にそっぽを向いてしまったが、俺はなにかまずいことでも聞いたのだろうか。しかし彼女の耳が真っ赤に染まっていることを見て、これ以上無理に聞くのは憚られた。

 

「誰もいませんか?」


 一方、70人以上もいる共催委員の面々は、その言葉が誰も聞こえていないかのように沈黙を貫いていた。目を合わせないように俯く者や、他に誰か手を挙げないかきょろきょろと見回す者もいる。

 やはり橘の言う通り、元々士気の低いメンツなのだろうから、更に厄介な役職に就きたがる人は少ないのかもしれないな。

 面倒なのは俺も御免だし、生徒会には悪いが暫く沈黙を貫くことにするか──。


「ひ、ひとつ提案なんですけど、議長には2年3組の春咲さんがぴったりだと思います!」

「わ、私!?」


 俺が腕を組んでだんまりを決め込もうとしたその矢先、同じ2年のとある女子が立ち上がって春咲を名指しした。


「彼女は去年同じクラスで学級委員長をやってくれてて、すっごく皆を上手にまとめてくれたんです! だから春咲さんを議長に推薦したいと思うのですがどうでしょうか?」


 終始一貫して爽やかな笑顔で彼女はそう語った。

 急に名指しされた春咲も満更でもない顔で応える。


「ふ、ふへへー。それほどでもないよ~?」

「春咲さんはそれでよろしいでしょうか?」

「えー……でも私できるかなぁー」


 執行部の一人がそう確認する。

 ……いや。待てよ。それでよろしい訳ないだろ。今のはどう見たって、悪意から来る他薦だ。

 表面上春咲のことを褒めているように見えるが、あんなのは誰もやりたがらない役職を押し付けたにすぎない。

 しかし、そんなことは俺以外の皆分かってるはずだ。でも言わない。だってその方が早く帰れるから。生徒会からしても、このまま議会が滞るのは困るだろう。

 その方が都合がいいから、皆彼女の他薦を糾弾しようとはしない。


「去年もすっごく頑張ってくれたじゃん! 春咲さんって人望も責任感もあるからできるよ!」

「そ、そうー?」


 彼女の駄目押しの一言に俺は思わず小さく舌打ちをする。

 しかしその時、俺の前に座っていた天賀谷がつぶやくように口を開いた。


「うむうむ。ももかは意外と責任感がある! あの子いいこと言うなぁ」

「は……?」


 俺は思わずそう声に出していた。あれ、今コイツなんて言った? 「いいこと言うなぁ」って言ったよな……?


「いや……お前それ皮肉かなんかか?」

「ん? 浩貴、皮肉って? 俺は単純に春咲が褒められて嬉しいと思っただけだぞ!」

「さ、さいですか……」

 

 やっぱりこの男────筋金入りの馬鹿だった。

 いや、馬鹿というよりもピュアというべきか? いやピュアもここまできたら何かの欠陥だと思うんだが……。

 

「では他にやりたい人がいなければ春咲さんにお願いしようと思います」

「まったくもーしょうがないなぁ~」


 まぁ……別に本人も嫌じゃなさそうだし、いいか。

 今更「それはひどいんじゃないですか」なんて言って、やっと収まりかけたこの場をまた乱す勇気なんて俺にもない。せっかく新しいクラスで、新しいスタートを切ったばかりなのに。


 ────今日から新学期だよ? 新しく始めるチャンスじゃん!



 いや、その新しいスタートをくれたのは……誰だよ。

 それに俺はああいうのが嫌いだったんじゃないか。あいつらの思い通りになっていいのか。


「では誰も他にいないようですので議長は春咲さんに決定し────」


「「はい!」」


 え……?

 執行部の声を遮るように、俺は挙手をした。それはつまり議長への立候補の意思表示。

 しかし、俺と同時に手を挙げた人がもう一人目の前にいたのだ。


「あれ? 浩貴もやりたかったのか?」

「なんで……天賀谷……」

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