幕間1
~高校2年、春~
Y01 優しい人
三月も下旬に差し掛かった昼下がり。
春らしい暖かい日差しを浴びながら、俺と橘は千葉に帰るべく駅に向かっていた。
「久々だよな、アイツに会うのも」
「そうね。連絡はたまにしていたけれど」
「え、そうなの?」
「本当にたまにだけどね」
「ふーん……」
そう。俺たちがこれから会いに行く、否、事情聴取しに行くのは
とにかく俺たちはまた、あの頃のように彼らをくっつけるべく、彼氏側の話を聞いておこうという運びになったのだ。春咲の話だけでは全貌がイマイチ掴み切れないからな……。
「ないとは思うけどさ」
「……?」
「アイツが本当に春咲のこと好きじゃなくなってたらどうする?」
「いや、ないでしょうそれは。楓よ? あの楓がまさか」
「でもアイツモテるし……」
「彼は好きでもない女に優しくするような人じゃないの知ってるでしょう?」
「まぁそうだよな……稲藤じゃあるまいし」
天賀谷は人当たりも良く、誰にでも優しい。
確かにそれは事実だが、事実ではない。よく知らない人はそこをよく勘違いする。
アイツは……ただの大バカ者なのだ。
「そういえば最初は俺も勘違いしてたなぁ」
「彼のこと?」
「ああ。いやでも仕方ないだろうあれは」
「ふふ、まぁそうね。一見するとただの
「本当になぁ……」
話しながら、俺は天賀谷と最初に話した日のことを思い出していた。
あれは確か春咲と出逢って間もない高校2年の春。委員会での初仕事の日だ。
俺たち四人が初めて一堂に会した、記念すべき日のことである。
*
「今日は各委員、最初の集まりがあるから忘れずに行くように。じゃあ、さようなら」
担任がそう言うと、生徒たちは口々に「さよならー」と言い席を立つ。
各々同じ委員同士で集まって一緒に向かうのだろう。何とも楽しそうで何よりだ。
「はぁ……」
俺はといえば、もちろん楽しみな訳がなかった。それもそうだろう。
楽な委員会をと選んだつもりが、実際は執行部補佐。クラスメイト曰く社畜並みの激務だそうだ、その共催委員とやらは。ため息の一つもついて当然というもの。
「もう! そんなに大きなため息つかないの! 幸せが逃げてくよ!」
「そうだよなぁ……はぁ……」
「全然聞いてないね!?」
俺は耳元でやかましく叱ってくる春咲を無視して、机に突っ伏す。
この隣人が騒がしいのはいつものことだが、今ばかりは静かにしておいてほしいものだ。なにせこの溜め息の原因には、春咲も一枚噛んでいるのだから。
「あ、かえでやっと来た! おはよー!」
「おはようももか! また一緒になっちまったな!」
そこにもう一人の原因がやって来た。
サッカー部主将らしく健康的に焼けた肌に、かなり高い身長。それでいて素直で優しそうな顔が印象的な有名人だ。関わったことのない俺ですら、彼の噂をよく聞いていたほどに。
だが、その理由は単にイケメンでモテるから……ってだけじゃないんだなこれが。
「君が一瀬くんか! これからよろしくな!」
「お、おう。よろしく……!?」
俺が差し出された手を申し訳程度に握ると、馬鹿みたいに強い力で握り返された。
もしかして喧嘩売ってんのか? と思い顔を見上げると、とてもピュアな目を輝かせていた。あ、これはただの力加減馬鹿男だ。
「そういえばさっき春咲とおはようって言い合ってたけど、なんで?」
「ん? 何か変だったか?」
「いっつもこうだよー?」
天賀谷も春咲も首を傾げて、頭を捻っている。
あれ、俺なんか変なこと言ったかな。もう午後三時も回ってるんだが。
「普通おはようって朝にしか言わなくないか?」
「あ、確かに! でも楓には何故かおはようってずっと言っちゃうんだよねー」
「小さい時からそれだったからもう慣れてしまってたな!」
なんだそれ。一体何年やったら慣れるんだ。そもそもなんでそうしようと思った。
ん? ……というかそんなことよりも気になる単語が。
「小さい時?」
「あっ! こーきは知らないんだっけ」
「俺たちは家が隣同士で、家族ぐるみで仲がいいんだぞ」
「保育園から一緒だもんねぇ」
「へ、へぇ~。それは知らなかった……」
おいおい嘘だろ? まさか幼馴染でもあったなんて。なんなんだこいつらあまりにも公式カップリングが過ぎる。
好きな人と好きな人の好きな人と一緒の委員会なんて、こっちはただでさえ気が重いというのに。勝ち目の無さしかないじゃないか。NASAもびっくりだ。
「おっ! やっと来たな琴葉!」
「お待たせ、楓」
そこに最後の共催委員がやってきた。確か、橘と名乗っていたっけか。
「君が琴葉ちゃんだね! 私は春咲ももか! よろしくね!」
「春咲さん、こちらこそよろしくお願いします」
何やら全員に律儀に挨拶しているらしい。
まぁ仕方ない。今後の安寧の為にも俺も一応声をかけておくとするか。
「俺は一瀬……」
「さ、時間もないしそろそろ行きましょうか」
「それもそうだな! よし、行くぞ!」
「れっつごー!」
「ごー!」
俺が名乗りかけたことなど誰も気付かず、三人とも教室を後にしてしまった。
えーと、委員会ってどうしても後から変えられませんかね? 無理ですかそうですか……。
*
「……」
「……」
なんだかんだ俺は彼らの後を追って、一緒についていった。
前に春咲と天賀谷が隣同士で並び、その後ろに俺と橘が並んでいる形だ。
「それにしても委員会の会議ってどんな感じなんだろーね!」
「そりゃあ……異議あり! って感じだろうな」
「ふふ、楓。それは会議じゃなくて裁判所でしょう」
「あ、そうだったか?」
「……」
しかしながら俺だけが明らかに会話に入れていなかった。「まぁ実際の裁判では異議ありなんて滅多に言わないけどな」なんていうマジレスは恐らく言わない方がいいんだろうし。
結局その後も俺は三人の会話には強いて入ろうとせずに、会話を聞きつつも黙って歩いていた。
「あ!」
「え……?」
しかし、職員室を目前にして天賀谷が急に声を上げて走り出した。何事かと見ていると、彼が駆け寄った先にはひとりの女子生徒が山積みの教科書を抱えて立っていた。恐らく下級生だろうか、職員室に提出物を届けに来たのだろう。
「大丈夫か? ドア開けるぞ?」
天賀谷はそう言って、職員室の扉を開けてあげた。
なるほど、両手が塞がっていて困っていたのが分かったのか。それにしても、なんて行動力だ。
「あ、すいませんありがとうございます! 助かりました!」
「いやいや気にするな!」
屈託のない笑顔でそう返す彼は、どこからどう見てもただの好青年だった。
その後も俺たちが目的地の会議室に辿り着くまでに、天賀谷は小さな手助けをいくつも行った。重い教材を運ぶ先生を助けたり、更には迷っていた一年生に話しかけたりもしていた。
そう。天賀谷の噂をよく聞くのは、この過剰なまでの優等生ぶりのことである。毎日何人もの人が彼に声をかけられているので、もはや天賀谷は学校のお助け人として学年ではかなり有名だったのだ。
しかし風の噂で聞いていたとはいえ、実際に見ると改めてその行動力と熱意に驚かされる。
「天賀谷っていつもああなのか?」
未だに半信半疑な俺は、隣を歩く橘に小声で訊いてみることにした。初対面での話題にしては少々アレだが、まぁ話すきっかけくらいにはなるだろう。
「……そうよ? 彼はいつもああやって声をかけてるわ」
「ふーん。誰にでも優しいヒーローって訳ね……」
「あら、男の嫉妬なんて見苦しいわよ?」
俺がぼそっと零した言葉を、橘は聞き逃さなかった。冷たい流し目で、そんな嫌味な言葉を放ってくる。
「別にそんなんじゃない。ああいう都合のいい奴が苦手なだけだ」
少しムキになって俺がそう言うと、橘はぴくっと眉を動かして立ち止まった。
「それは聞き捨てならないわね」
「何が?」
「彼が都合のいい優しさを提供しているとでも?」
「じ、実際そうだろ。お助け人なんて便利屋みたいなものだからな」
睨みをきかせる橘から目を逸らしつつも、俺はなんとか答える。
こんなに突っかかってくるということは、天賀谷と以前から親交があったのだろう。そういえばさっきも、春咲に比べて天賀谷とは随分フランクに話していたような。
「人の性格を勝手に憶測するのはいいけど、勝手に悪く言うのはやめてもらえる?」
最初に嫉妬とか見苦しいとかって突っかかってきたのはそっちだろ。
俺がそう言い返そうとすると──
「彼は……あなたの言うような人なんかじゃないんだから」
橘はそう一言だけ残して先に歩き去ってしまった。
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