212 2番目に好きな人と
「っていうかな! 天賀谷のやつは一体何やってんだ!」
「そうよ、こんないい子をみすみす手放して」
その後。私たち三人は最寄りのファミレスで、作戦会議をしていた。
議題はもちろん、ももかと楓のことについてである。
「まぁでもアイツに限って春咲のこと好きじゃなくなった訳じゃないだろう」
「そうかなぁ……」
ももかは不安げだけれど、私も一瀬に同意見だ。
楓はももか以外の女の子なんてそもそも眼中にもない。なにせ幼い頃からずっと二人は一緒にいたのだ。まぁ……当の本人が自分の気持ちを恋愛感情だと気付くのには長い時間がかかったけれど。
「とりあえずももか。何があったのか私にも詳しく聞かせてくれる?」
「そうだな、まずはそこからだ」
「うん……! 二人ともありがとう!」
ももかと楓に恩がある私と一瀬が二人の面倒を見ることは、高校時代にはよくある事だった。それの最たる例が彼女たちの恋のキューピットだった訳で。
あの頃と全く同じ構図に、少し懐かしみつつも、またワクワクしている自分がいた。
あの頃と違うのは、私の気持ちだけ────。
「ええっと……何から話せばいいんだっけ?」
「おいおい頼むぞ」
……なんてね。
そんな感傷に浸りながら、私はももかの頭をなでなでするのだった。
*
「これは帰ってまた作戦会議だな」
「その必要がありそうね……」
ファミレスでの会議のあと春咲を駅まで送った私たちは、久々に一緒に帰路についていた。先ほどまでは嵐のようだった風雨も今は止み、暗雲が漂うだけに収まっている。
肝心のももかの話の内容については、またおいおい考えなければいけないけれど……。
「……」
「……」
縦に並んだ二人の間には気まずい沈黙が流れる。
それもそのはず。今まで言ってこなかった生活に対する本音を告白した挙句、仲直りの握手までさせられたのだ。
きっと一瀬も妙にくすぐったい気持ちになって、いつものように話すことができないのだろう。
かくいう私の原因はそれだけではないのだけれど。
「……なぁ」
「うわっ」
前を歩いていた一瀬が急に止まるので、私は思わずつんのめる。
彼の広い背中にぶつかって、それだけで胸の鼓動が速まってしまう。
はぁ、恋心ってこんなに忙しく疲れてしまうものだったろうか。
あまりに久しぶりなものだから、すっかり忘れていたけれど。先が思いやられる。
「なんでさっきあんなに怒ってたんだ?」
「えっ」
「ほら、出てくの俺が引き留めた時。お前があんなに声荒げるなんて珍しいだろ。だからその……ちゃんと聞いておこうと思ってな……」
照れてるのか段々声はぼそぼそと小さくなっていたが、彼なりに今回のことをちゃんと向き合おうとしてくれているのだろう。
私は昔から彼のそういう筋を通さんとする律義さが好きだった。もちろん昔は人として、だけれど。
「ふふ……」
でも私は返答に困って、苦笑いを浮かべてしまう。
あなたのことが好きで悲しかったからよ? ……なんて言う訳にはいくまい。
「も、もしかして俺だけ抜け駆けみたいなことをしたからか? 悪い、確かにアイツらが別れたんならお前にもすぐちゃんと言うべきだったよな……。あ、それか本当は春咲たちをくっつけるの反対だったとか? それならそうとちゃんと言ってくれれば──」
「ちょ、ちょっと待って! ストップ一瀬」
「す、すまん……なんか色々考えて先走り過ぎたな俺」
い、今のは……どういうこと……? 抜け駆け……?
そもそも私がももかたちの成就を願わない理由なんてあるはずも────あ。
「くふふ……あはは」
「た、橘が壊れた……」
「ふふ……いや、なんでもないわ、ふふ」
まさかとは思っていたけれど、一瀬の中では私がまだ楓のことを好きだということになっているようだ。
確かに一瀬は今の今までずっとももかのことを忘れたことはなかったのでしょうけど、勝手に私もそうであるはずと思い込んでいたのかしらね。
私は楓とももかの恋愛を応援すると決めた頃から、自分の中の気持ちが恋愛ではないことを段々と気付き始めていた。
それももうずいぶん前の事だから、まさか彼がそんな勘違いをしているなんて思わなかったけれど。
「だ、大丈夫か?」
「ええ、取り乱して悪かったわね。ふふ。単純に少しイライラしていただけだから気にしないで。女の子にはそういう日もあるの」
「そ、そうか……」
一瀬の誠意は本当に嬉しいけれど、彼が気付くまで敢えてこちらから訂正はしないでおいておこう。その方が何かと面白そうだものね。
一瀬をからかうのが趣味である私と結婚なんてしようとした本人が悪いのよ。ふふ。
「じゃあ私も訊きたいことがあるのだけれど、いいかしら」
「どうぞ?」
「結局ももかは楓のこと好きなままだった訳だけれど、もし彼女があなたのこと好きだって言っていたら……付き合っていたと思う?」
「なんだその質問」
「ううん、ちょっと気になっただけよ」
本当はちょっと、なんてものではない。
そんな大胆な質問をしてしまうくらいには、私は不安だったのだ。
電話を盗み聞きしてしまったあの時からずっと。まるで、ももかとの恋愛と私との生活が天秤に掛けられているようなそんな不安がずっと。
「さぁ……どうだろうなぁ」
まぁそうよね。普通に考えて、好きな人に好きって言われて付き合うのを拒む理由なんてない。
ないとは思うけれど、もし本当にももかが一瀬のことを好きになったら、その時はやはり私は身を引かなければいけないのだろう。
「でも、多分付き合わなかったんじゃないかなぁ」
「え……どうして?」
「ほら、よく言うだろ?」
思わず俯いていた顔を上げると、一瀬はいつものように屈託なく笑っていた。
「結婚するなら、2番目に好きな人と……ってな」
……なによそれ。結局私は2番目って訳ね。はぁ、悔しいなぁ。ふふ。
でもどうしてか、嬉しくないはずなのに私の頬は綻んで仕方がなかった。
「全くもう。早く帰って寝ましょう」
「はは、そうだな」
いつの間にやら晴れていた空には、満月に近い月が光っていて。
都会だから周りに星はなく、孤高にも夜を満たしていた。
「……今日は月が綺麗ですね」
私は彼に届かない大きさの声で、そう呟いた。
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