205 お返しのカタチは歪にも


「なにそれ! 超ラッキー展開じゃん!」

「いきなりでかい声出すな、いなふじ


 今日は以前アポを取っていた稲藤の下宿に来ていた。

 そう、橘からバレンタインチョコを貰ったあの日に約束していたアレだ。今日はそのお返しをサプライズで作る予定だったのだが……。


「女の子が一人暮らしの下宿に呼ぶとか誘う以外の何物でもないからね?」

「そう思うよな普通……」

 

 ずっと頭を悩ませていた話題を稲藤に話してしまい、話はそれで持ち切りになっていた。

 一応、手はちゃんと動かしているけれど。


「てかそれ何作ってんの? 粉めっちゃ捏ねてるけど」

「大福」

「大福!? ホワイトデーに!?」

「笑うな! 色々悩んだんだよこれでも」


 橘は基本洋菓子より和菓子を好む。しかし、俺でも作れそうで、かつ橘に喜んでもらえそうな和菓子は大福しか思いつかなかったのだ。ほら、アイツ雪見だいふく大好物だし。

 さらに定番のイチゴや餡子のほかにも、栗やチョコレートも包めばバラエティ豊かにできるのも決め手の一つだ。


「……っていうか、お前は作らなくていいのかよ」

「俺?」


 俺が淡々と白玉粉を混ぜているのを、稲藤はずっとソファから優雅に眺めている。

 今年もどうせ大勢の女子から貰っただろうに。


「俺は基本買って返すからねー」

「数が多いから?」

「ご名答」

「うざっ」


 憎たらしいキメ顔とウインクを頂戴したところで、俺は目線を下に再び落とす。

 なんでこんな奴と俺が友達なのか、未だに謎である。まぁ、なんだかんだお互い楽っていう、ただそれだけなんだろうけど。


「ねぇねぇいつ会いに行くのさ。そのももかちゃん……だっけ?」

「来週の土曜だけど」

「来週の土曜って……ちょうどホワイトデーじゃん! なにそれ狙ってんの?」

「いや別に偶然だろ……」


 少なくとも俺はカレンダーを見るまでその事実に気付かなかったくらいだ。

 普通の男子にとってはそんなにホワイトデーって特別に意識するものでもないしな。え、ないよね……?

 

「じゃあももかちゃんの分まで作っちゃえよ、どうせならさぁ!」

「なんでだよ、俺貰ってないんだぞ」

「いやいや! なんではこっちのセリフだって! ホワイトデーなんて男子が告白する為にあるからね?」

「俺の知るホワイトデーちゃんはそんな子じゃないんだが……」


 そう言いつつ、俺は冷蔵庫を開けて材料の量を確認する。果実も白玉粉も多めに買ってきてあったので、確かに二人分くらいなら作れそうではある。

 春咲は甘いものなら基本なんでも好きだから、大福でも喜んでくれるだろうが……。


「にしても本当にずっと好きだったんだねぇ」

「当然だろ。お前に嘘つくメリットがない」

「いやでも聞いたの結構前だったからさー、今も好きだったんだぁと思って」


 稲藤と仲良くなってすぐ、つまり大学に入学したばかりの頃に「浩貴は好きな子とかできた?」と訊かれたことがあった。その時、コイツの質問攻めがあまりに執拗だったので、俺は仕方なく春咲のことを話したのだ。


「最初はどうせ半年くらいで彼女作ると思ったからさー。そしたら二年になってもまだ引きずってるとか言うんだから本当笑ったよ」

「馬鹿にしてんだろ」

「いいや? むしろ尊敬してるさ。普通は好きであればあるほど、離れて好きでい続けるのは難しいんだよ。織姫と彦星みたいなのは、それこそ空想だね」


 映画の時もそうだったが、コイツは稀に恋愛に関して達観したようなことを言う。

 きっと俺とは比べ物にならない経験値がそうさせるのだろうが、俺には知り得ない世界だった。


「これは言ってなかったかもしれないけど、告白できなかったのが大きいんだろうな」

「あー確かに。浩貴びびってできなさそう」

「違えよ! 春咲の恋を応援していた手前、そんな迷惑なことできないだろ」


 そう、俺はずっとこの恋を終わらせられないでいた。美化された過去の思い出を、ずっと大事に抱えてきてしまったのだ。

 告白でもしていれば、俺も少しは吹っ切れていたのだろうか。


「ふーん。浩貴は優しいねぇ……」

「なんか腹立つからその子供を見る目みたいなのやめろ」

「見てない見てない。可愛いなあって思っただけ」

「その顔面を粉まみれにしてもいいか? いいよ。ありがとう」

「ちょ、待って待って、冗談だって!」


 俺が開けかけの白玉粉の袋を投げる構えをすると、稲藤がわたわたと慌てだした。

 もちろん材料がもったいないからそんなことはしないが。材料がもったいないから。

 

「ふぅ。まぁともかく、だったら今告白すればいいんじゃない? 今が一番可能性高いでしょ」

「確かに……?」

「いやー、浩貴が遂にリア充か~。俺は童貞の浩貴の方が好きだったけどな~」

「おい、どういう意味だ」

「あ、でももし付き合ったら琴葉ちゃんとの生活はおしまいってことだよね?」

「それは……そう、なるよな……」


 普通に考えて、いくら恋愛感情のない結婚とはいえ、恋人ができたらそんなものは続行できる訳がない。そもそも、そんなものは相手に失礼だ。

 春咲はずっと恋焦がれてきた相手だ。だから、本来ならこんなものは天秤に掛けるまでもない……はずなのに。


 ────ふふ、美味しそうに食べるのね。


 ────風邪ひくんじゃないわよ。


 ────彼らと恋愛ごっこするくらいなら、あなたとこんな変な結婚している方が3ピコメートルほどマシよ。


 チョコレートケーキを作ってくれた橘。去り際に声をかけた橘。久々に会って嬉しそうに皮肉を言った橘。

 たくさんの橘を思い出して、俺は呟かずにはいられなかった。



「終わらせたくないなぁ……」



 稲藤に聞こえない程度に吐き出した言葉は、目にも見えず触ることもできない。

 俺が抱きしめてきた春咲への想いも同じだ。

 今、それがどんな形をしているのか、俺にも分からないまま。


「お、出来たみたいだね。お疲れ~」

「あぁ……」


 モヤモヤした俺の手元には、二人分のラッピングが出来上がっていた────。




              

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