105 僕らの愛は必然的運命だった
そうして来る休日。俺たちはショッピングモールに集まった。
「おーっす、
「おーす」
先に来ていた稲藤に声を掛けられる。
俺より背は低いが、全体的に細い身体をした稲藤はだぼっとした服が良く似合っている。
あ、イケメンだから何でも似合うのか。そうですか。
「あれ、お前一人?」
「いや橘はちょっとお手洗いに。お前こそ女の子連れて来るんじゃなかったのかよ」
「なんか遅れるっぽい。映画始まる頃には来るってさ」
「イケメンが待たされるってのはいい気分だな」
「……待つのは嫌いじゃないから俺はいいけどね」
そう言葉を零しながら、稲藤は目を逸らす。
その視線の先には、橘が早歩きでこちらに向かっていた。
「待たせてごめんなさい」
「いやいや、全然。まだ五分前だかんね」
「イケメンは待つのが好きらしいからな」
「はっははー」
橘は「どういうことかしら?」みたいな神妙な顔をしていたが、特に説明せずに俺たちは三階の映画館に向かった。
「ねえ」
「どうした?」
エスカレーターで上る途中、背後から声がかかったので、俺は半身になって橘に応える。
「稲藤くんどうして一人なの?」
「あ、ああ。女の子が遅れるらしい。映画には間に合うらしいが」
うむ。この一段上から橘を見下ろしているのは、なんだか悪くないな。勝ち誇った気持ちになる。
俺の方が10cmほどは大きいが、普段見下ろせるほどじゃないからな。
「ちょっと。何にやにやしてるのよ、気持ち悪いわよ」
「ん? 悪い悪い」
俺は調子に乗って、橘の頭を二回ぽんぽんと叩く。わざと余計にやにやした顔で。
「な、なによその顔……ムカつくわね……」
「お、おう……」
そう毒づいてはいるが、橘の顔は赤く染まっていた。思ったのとは違う反応にどぎまぎしてしまう。
おいおい。そんな顔されるとこっちまで自分の行いが恥ずかしくなってくるだろ。
別に今更このくらいのスキンシップを躊躇う関係ではないはずだ。
────はっ。もしや橘、身長差に弱い……?
……まぁ、あいつ背高かったしな。
いたたまれなくなって前方に向き直ると、稲藤がこちらをまじまじと見ていた。
多分俺よりにやにやした顔で。
「うっせーぞ」
「いやなんも言ってないけど!?」
三階のシネマフロアは、照明の少なさと独特の雰囲気が非日常感を醸し出していた。
やはり映画館はこのキャラメルの匂いがあってこそだな。
「じゃあ何見ようかしらね」
「やっぱりここはジブリ最新作のアレだろ」
「あら奇遇ね、私もそれずっと気になってたの」
「あ、あのー……」
俺らがどの映画を見ようか盛り上がっていたところを、申し訳なさそうに稲藤が水を差す。
彼の手には、前も見た映画鑑賞の特別優待券。
そして、彼が指差す文字には────
「ええ!? 『僕らの愛は必然的運命だった』限定チケット!?」
「それって確か……今流行りの恋愛映画だったかしら?」
「そ、そうそう……って言わなかったっけ?」
「聞いてないが……」
「これは騙されたわね……」
「あれー? お気に召さない感じ?」
俺はそもそもアニメ以外に滅多に映画は見ないタイプであり、橘も確かもっぱら洋画かジブリだったはずだ。
「いや、まあ食わず嫌いしていただけだ。俳優とか全然知らないからな」
「そうね、いい機会だし別に構わないわよ」
「おお、お前ら優しいな……なんかちょっと感動したわ俺」
そう言いながら涙ぐむ演技をする稲藤。
そんなどうでもいいことは無視して、俺と橘はポップコーンを買いに行った。
「迷うわね」
「何と何が」
「そりゃあ勿論」
「「キャラメルとコンソメ」」
────パチン。
俺たちはハイタッチした。いや位置的にはロータッチくらいだけど。
交換契約を前提として、キャラメルとコンソメのポップコーンをひとつずつ購入する。
「あれ、まだ来てないんだ」
ポップコーンを抱え、稲藤の元に戻るとまだそこには女の子の姿はなかった。
「もう開演十分前よね?」
「まあ最悪間に合わないかもしれないから、先入っちゃおうか」
「よく分からないが、大丈夫なんだろうな?」
「あー全然平気。今日も良かったら来てーくらいにしか言ってないからさ」
「扱いが雑なのね」
「それでもモテちゃうからねー」
「夜道で刺されればいいのに」
「にはは、わかる」
橘が敵意丸出しのような目で睨んでも、稲藤はびくともしない。
稲藤がどんなにいい顔で優しさを見せても、橘も揺るがない。
……暖簾に暖簾、って感じだなこりゃ。
「只今より『僕らの愛は必然的運命だった』の入場を開始いたします。チケットをお持ちになってお並びください」
館内にアナウンスが流れ、稲藤がスマホの電源を落とす。
「ま、三人で見ますか」
「隣の席取らなくて良かったのか?」
「いいよ別に。俺はお前らを傍から見たいんだからさ」
「やっぱ変なやつ」
「ふっ、お前に言われたかねぇよ」
こうして、俺の左隣に橘、右斜め後ろに稲藤が座るという、何とも歪な映画鑑賞が始まるのだった。
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