3.配役と提案

 翌日、放課後の才羽学園・理事長室にて。

 クロガネと新倉は、学園理事長と高等部生徒会長と対面していた。

「あなた方が、文化研究部の助っ人……ということでしょうか?」

「はい。改めまして、私立探偵の黒沢です」

「存じております」

 かしこまったクロガネに、理事長の福田幸子が頷いた。

 このマダムとは数日前、美優が編入した際に挨拶をしたばかりだ。

「それでそちらが」福田がクロガネの隣に目をやると、

「新倉永八です」

 一礼する新倉の肩には、スノーボードが入るような長大なバッグが提げてあった。

「新倉さんは、ご職業は何を?」

「SP……獅子堂重工の警備員をやっています」

「獅子堂重工っ」

 驚きのあまり、福田の声が僅かに上ずった。

 近くに控えていた、高等部三年・槇村泰弘生徒会長も瞠目する。

「……あ、これがその証明証です」

 クロガネから肘でつつかれた新倉は、PIDを操作して獅子堂重工専属であると明記された身分証を表示し、二人に見せた。

「……本物、みたいですね」槇村が頷く。

 高性能自律管理型AI〈サイバーマーメイド・日乃本ナナ〉の開発元である獅子堂重工は、鋼和市の開発スポンサーであると同時に実質的支配者であるため、その専属であると証明するものは絶対に捏造できないのだ。

「それで文化研究部の協力者として、これから学園祭終了までの間、学園内の敷地や施設に立ち入る許可は頂けますでしょうか?」

 クロガネの申請に、福田は机の引き出しから一枚の書類と、首から提げるタイプの許可証IDを取り出す。

「……解りました、許可しましょう。ただ、学園内ではこの許可証をなくさないことと、問題を起こさないと明記された誓約書の方にサインすること、施設内の移動と利用には本校の教職員か生徒の同伴があること、などが条件となりますが」

「構いません。ありがとうございます」

「それでは、こちらの誓約書にお二人のサインを」

 割とスムーズに事が運んだのは、やはり新倉の『獅子堂専属』というパワーワードが効いたのだろう。一般人である福田たちからしてみれば、目の前にいる新倉は鋼和市、ひいてはこの国のエリートであることに相違ないのだ。

「それにしても、黒沢さんはお顔が広いのですね。あの獅子堂重工の関係者とお知り合いとは……」

 サインした誓約書を返すと、福田は感心したようにそう言った。

「まぁ、職業柄というか、縁というやつですかね」

 適当に誤魔化す。

 クロガネも数年前までは獅子堂の元で働いていたのだが、『トラブルメーカー』のレッテルが貼られている都合上、かつての雇い主に迷惑が及びかねないとして経歴を明かすことは極力避けている。もっとも、獅子堂から独立した際にその経歴は完全に抹消されているため、性質たちの悪い冗談として見られるのが関の山だろうが。

「それでは、私達は文化研究部に」

「ええ。よろしくお願いしますね。生徒会長」

「はい。それではご案内しますので、付いて来てください」

「ありがとうございます」

 槇村の先導にクロガネと新倉は続き、理事長室を後にした。



 移動中、教職員でもない部外者が珍しいのか、時折廊下ですれ違った生徒から好奇な視線を感じる。ひそひそと会話する彼らの話題は恐らく、トラブルメーカーで有名なクロガネに関するものだろう。

 編入早々、学園中で話題になった美優の保護者であることも手伝って、嫌でも目立ってしまうのは仕方がない。

「……本当に広いですね、この学園は」

 居心地の悪さを誤魔化すかのように、クロガネは槇村に話し掛けた。

「そうですね。設備もほぼ最新のもので、充実してますから」

「それは勉強もはかどって、学園生活も充実していることでしょうね」

 施設内の照明から空調まで、AIの管理で不足なく行き届いている。

「どうでしょうか? 広すぎると移動教室などは少し面倒ですし、設備が充実していても、やはり勉強は辛いものがありますね。自分ももう高三で、受験生ですから」

 そう言って苦笑する槇村に、

「……いつでも学生は苦労しているな」

 新倉はしみじみと呟いた。



 文化研究部の部室前。槇村がドアをノックしようとすると、

(だから頼むよー。俺らも仲間に入れて? な?)

(そう言われてもねぇ……)

(そんなこと言わずにさー)

 室内から『女の子に絡むナンパ野郎の図』のような会話が聞こえる。

 男子の声が聞こえるのは何故だろう?

 文化研究部は現在四人で、女子生徒だけだった筈だが?

「失礼します」

「あ、どうぞー」

 槇村がノックをしてから入室すると、部室には美優と松竹梅の三人の他、男子生徒が三人ほど居た。

「クロガネさん、新倉さんもいらっしゃい」

 美優が笑顔で迎えると、

「クロガネ?」

「まさか、あの……?」

 男子生徒たちが驚き、戸惑った様子を見せた。

「何かあったんですか?」

「会長、良いところに。実は、いきなり男子たちが、ウチに入部するって押し掛けて来て……」

 槇村の問いに、絵里香が渋い表情で答えた。

 智子と亜依も似た表情を浮かべ、美優は少し困った顔をしている。

「部員が増えるのなら良いことでは?」と槇村。

「会長もそう思いますよね?」

 男子グループの一人……美優のクラスメイトである内藤新之助が、嬉々とした表情を浮かべる。どうやら彼がリーダー格のようだ。

「いや、正直ウチらも人手は欲しいとは思ってるけどさー……アンタら、安藤さんとお近付きになりたくて入部したいんでしょ?」

「……そういう人はちょっと……真面目に練習できるかどうかも怪しい……」

 智子と亜依の反対意見に、男子たちは目を泳がせた。図星のようだ。

「安藤さんがウチに来てから、男子の入部希望者が増えているんです。あからさまに下心ありきだから断っているんですけど、正直こちらも対応に困ってまして……」

「ふむ……」

 絵里香の説明に、槇村も困ったように腕を組む。

 部外者であるクロガネと新倉は、部室の隅で野次馬と化していると、当の美優が寄って来た。

「モテモテだな」

「モテて……いるんですかね、これは?」

 クロガネの率直な感想に、美優は首を傾げた。

「ボーイフレンドが出来たら、すぐに教えるように」

「お父さんか、お前は」

 新倉がツッコミを入れるや否や、部室内の壁時計を見やる。

「それより、この話は長くなりそうか?」

 訝し気にそう訊ねた。

 確かに彼の言い分も解る。こちらは依頼された手前、都合をつけて来たのだ。肝心の劇の練習も出来ずに、このまま待たされるのであれば時間の無駄でしかない。

「……クロガネさん、ここは私が」

「頼んだ」

 美優は頷くと、話し合いの輪の中に入る。

「あのっ!」

 一際大きな声を上げて、全員の注目を集める。

「入部云々の話は置いて、この際、彼らにも演劇に参加して貰うのは? 台本だと確か、やられ役も必要でしたよね?」

「……確かに、やられ役なら台詞もないし、人数が多ければ見栄えも良くなるけど……」

 亜依はそう言って、男子たちを見た。

「……それで納得できる?」

「出来れば主役でっ」

「いや、俺が!」

「俺も主役やりたいっ」

 今度は別の意味で男子たちがヒートアップする。

「こいつら、安藤さんと同じ部に入りたいばかりか、安藤さんがヒロイン役をやると聞いて主役の座も狙ってんのよ……」

 呆れたように肩を竦める絵里香に、腰に手を当てた智子が続く。

「目的が不純で下心丸出しね。主役とヒロインなら、自然とお近付きになれる機会がいくらでもあるから」

「なるほど。そういう話ならば、俺を通して貰わないと困るな」

 突然クロガネが割って入り、一同は驚く。

「保護者としては、美優に近付く悪い虫は重大な懸念事項だ。状況と相手次第では、実力で排除するのも辞さない」

 無表情で機械のように抑揚のない口調と殺気を帯びた眼光に、男子たちは委縮した。

「あの、クロガネさん……?」

「落ち着け」

 美優はともかく、(クロガネから『メンタルバーサーカー1号』などと称されている)新倉でさえ止めに入る。

「……まぁ、一割程度の冗談はさておき」

「それって、ほぼ本気では?」

 眼鏡の位置を直しながら殺気を収め、美優の指摘をスルーしつつ、文化研究部の面々に向き直る。

「仮に彼らが入部して配役をあてるなら、俺と新倉は必要ないんじゃないか? 本来の部活動らしく、学生主体でやればいい」

「それは困りますっ」

 すかさず美優が異議を唱えた。

「すでに彼女たちと契約を交わした以上、クロガネさんには彼女たちの依頼を達成する義務がある筈です。それに本番まで残り一ヶ月もない上に、演劇の内容はアクションものです。クロガネさん達の協力が不可欠だと、昨日までに何度も話しました」

「だけど、彼らは主役をやりたいと強く希望している。下心はともかく、熱意はあるみたいだし、本番までには間に合うんじゃないか?」

「素人に突貫で練習をさせたら、怪我や小道具の破損もありえます」

「こちらも素人なんだが?」

 機巧探偵二人の口論に周囲は沈黙し、気まずい空気が立ち込める。


 ――パンッ


 突如として、乾いた音が鳴った。

 全員が、台本を手に打ち付けた槇村生徒会長に注目する。

「……勝手ながら、台本に目を通させて貰いました」

 そう前置きして、ページをめくる。

「目玉となるアクションの部分だけ、具体的な描写がなかったのですが、これは?」

「……アクションの内容は、主役のクロガネさんとかたき役の新倉さんにお任せしていますので、書いてないんです……」

 脚本担当の亜依がそう言うと、槇村は「なるほど」と頷く。

「入部はさておき、男子が演劇に参加すること自体はありですか? なしですか?」

 文化研究部の面々は顔を見合わせる。

「……人手に限って言うのであれば、参加自体はありです」

 代表して絵里香が言った。

「では、話は『誰が主役を演じるか?』だけになりますね。ここは一つ、オーディションをしたらどうでしょう?」

『オーディション?』

 一同の問いに、槇村は頷く。

「文化研究部が協力を依頼したお二人に、実際にアクションを演じて貰います。それを見て我々が納得すれば、予定通りのキャスティングで演劇を行う。逆に納得しなければ、配役も含めて全て学生主体で行う……というのはどうでしょうか?」

 槇村の提案に、一同は顔を見合わせる。

「構わない、それでやろう」

 賛同した新倉に注目が集まる。

「要は、俺と黒沢が模擬戦をやれば良いのだろう? それでこの茶番が終わるのであれば、願ったりだ」

「ごめんなさい。お忙しい中、せっかく来て頂いたのにお時間を取らせてしまって、本当にごめんなさい」

 美優が謝ると、松竹梅も男子グループも「すみませんでしたっ」と頭を下げた。

 何だかんだで、根は良い子たちばかりである。

「…………」

「……何か言いたげだな、黒沢」

「……そうだな」

 しかめっ面で、クロガネは言った。

「完全に、新倉の一人勝ちだ」

「ああ。俺はただお前と戦えれば、それで良いからな」



 新倉永八は、時代錯誤な剣の達人にして求道者だ。

 サイボーグやアンドロイド、AIなどのサイバー技術が普及している現代においてなお『剣』にこだわり、その技術がどこまで通用するのか、それにしか興味がない。

 習得した剣術を実戦で試せる環境を探し求めた末に、獅子堂家の護衛に自身を売り込み、ついにはゼロナンバーという常に危険と隣り合わせな天職に就いた。

 今回の文化研究部の存亡を賭けた演劇も、彼にとってはどうでもよく、自身と同じゼロナンバーで凄腕の暗殺者だったクロガネと競り合えれば良いのだ。

 剣を極めるために。

 剣を振るえる相手を、場所を、環境を、常に求める。

 ――それこそが、新倉永八の剣鬼たる本質である。

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