幕間2

 鋼和市郊外にある一等地に一際大きな屋敷がある。

 鋼和市という実験都市建設の資金提供者スポンサーにして、実質的支配者である獅子堂家の屋敷だ。

 広すぎる屋敷には、当主である獅子堂光彦とその親族を守る影の守護者――存在しない者ゼロナンバーたちも共住していた。


 ゼロナンバーの一人、〈ブラボーゼロ/ブレイド〉こと新倉永八は、トレーニングルームにて訓練用の刀をいくつか見繕っていた。

 鞘から抜いて刀身を真剣な目付きで改める。

 刃こぼれも刀身の歪みも一切ないことに満足して鞘に納めると、

「エイハチ、何してるンダ?」

 片言の日本語で、まだあどけなさが残る褐色肌の少女が訊ねてきた。

「ナディアか。溜まっていた有給の消化も兼ねて、明日から休みをひと月ほど貰ってな。鍛錬用に借りていく道具を見繕っていたところだ」

 ナディアと呼ばれた少女は、「ふーん」とさして興味もなさそうに手にしていたスポーツドリンクのボトルを煽った。トレーニングウェア姿で、上気した肌は赤らみ、額から流れ落ちる汗をタオルで拭っている。

「お前も鍛錬中だったか。精が出るが、無理はするなよ。まだ子供なんだから」

「もう大人ダ」

 不機嫌そうに反論するナディア。

「まだ十三歳だろ?」

「ワタシの故郷くにでハ、十三にもなれば立派な大人ダ」

「ここは日本だ。郷に入っては郷に従え」

 新倉が手にしていた刀を、ナディアは指差す。

「ニッポンって、刀や銃を振り回しても大丈夫な国なのカ?」

「ああ、俺達はな」

 彼女は新倉が持ち出そうとしている武器の中で、一つだけ異質なものを見付けて「アレ?」と声を上げた。

 それは、やや大振りで柄にナックルガードを備えた特殊な形状のナイフだ。

「ソレ、クロが使ってタ……」

 クロとは、かつての同僚である〈アルファゼロ/アサシン〉――クロガネのことである。彼は現役時代(今もだが)、黒い服をよく着ていたことから、ナディアに『クロ』という愛称で呼ばれていた。

「ああ、デルタゼロのお陰で、今後は黒沢も俺達の仕事を手伝うことがありえるからな。あいつの得物のことをよく知っておこうと思って」

「クロと、また一緒二……」

 喜色満面のナディア。

「本当にお前はあいつのことが好きなんだな」

 かつて、戦火に巻き込まれたところを救われ、その後の世話アフターケアまでしてくれた恩もあり、ナディアはクロガネにひどく懐いている。

「じゃあな。鍛錬も程々にしておけよ」

 訓練用の武器をバッグにしまい、トレーニングルームを後にしようとすると、

「ねぇ、エイハチ」

「何だ?」

 ナディアに呼び止められ、振り返る。

「最近、クロと会っタ?」

 彼女が笑顔で訊ねる。しかし、目は笑っていない。

「……いいや? どうして?」

「クロの武器まで持ち出しテ、クロと一緒に訓練でもするのかト」

 大体合ってる。

(……何でこいつは、黒沢絡みだとこうも鋭いんだよ)

 背筋に冷たいものが走るのを自覚しつつ、新倉は平静を装う。

「さっき、奴が扱う得物を理解するためだと言っただろう」

「ふーん、エイハチは刀使いなの二?」

「……『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』、だ」

「何ソレ?」

「孫子……大昔の偉い人が言った言葉だ。敵と自分のことをよく知っていれば、百回戦っても危険はないという意味だ」

「クロは敵じゃなイ」

 能面になって反駁はんばくするナディア。照明の関係か、目のハイライトが消えているように見えて少し怖い。

「味方でも、扱う武器や戦術を把握するのは大事だ」

「ふーん……エイハチ」

「まだ何か?」

「クロに会うなラ、ワタシも連れてケ」

「だから、会いに行くわけじゃない」

? 『?」

 もう面倒くさい。

 いっそのこと、ナディアも連れて行こうかと考えるも、思い留まる。

 今、クロガネは例のガイノイドをはじめ、海堂真奈という女医に、依頼人の女学生数名という、どういうわけか女に囲まれている状況にある。

 そこに、クロガネに依存気味なナディアを放り込んだらどうなるか。

 ……大惨事になりかねない。

「ただの言葉の綾だ、勘違いするな」

 新倉自身、別にクロガネの修羅場など知ったことではないのだが、今回は向こう一ヶ月、彼と(演劇とはいえ)剣を交えられるのだ。次があるかも解らないこの機会を逃すつもりはない。

「というわけで、お前は留守番だ。俺が居ない間、ご当主のことを頼んだぞ」

 ナディアに背を向けてドアを潜ろうとした寸前、


 ――ジャキン。


 聞き覚えのある金属音――自動拳銃のスライドを引いて初弾を装填する音に、振り返る。

 案の定、ナディアの手には黒光りする拳銃が握られており、その銃口はぴたりと、新倉に向けられていた。その目は冷たく、据わっている。

「もしも嘘だったラ、射撃の的になってネ」

 物騒なものを向けて、物騒極まりない言葉が投げ掛けられる。

 彼女もまた〈シエラゼロ/スナイパー〉のコードを持つ、ゼロナンバーの一人だ。

 情け容赦なく、標的を撃ち抜く冷酷な一面を持っている。

 やれやれ、と首を振って、今度こそトレーニングルームを出た新倉は、

「あいつの将来が心配だよ、黒沢……」

 疲れた声音でそう呟いた。

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