緊急時でもいつも通り

 地面に倒れたままの目が死んだシリスと、その周りで地面に這いつくばっているアーミーウルフ。


 何が起こったのか一切分からない。


 とりあえず、シリスが無事で良かったが、なぜ彼女は目が死んでいるのか…


「シリス、大丈夫だった!?怪我はない?」


「はい…大丈夫ですよ、ええ」


 明らかにシリスのテンションが下がっているが、やっぱり何かあったのだろうか?


「ほ、本当に大丈夫?テンションが明らかに下がっているけど何かあった?」


「いえ、せっかく攻撃を受けて楽しんでいたのにリーンさんも見ていないし、青い光が私に飛んで来たかと思うと、私に攻撃してきたウルフたちの爪や牙が次々と折れていってこの状態になったので…私のこの火照りのぶつけどころが無くなりまして」


 ただのドМ不足だった。心配して損した。


 アーミーウルフが倒れているのはディフェを多重に掛けられて、硬くなりすぎたシリスに攻撃して力負けしたようだった。


「あ、そう。大丈夫なら早くこっちまで戻って来てくれない?」


「……はい」


 呆れて淡泊にそう言うと、シリスもほとんど何も言わず立ち上がり、体に付いた埃を払うとこちらへと戻って来た。


 なんにせよ、アーミーウルフ三匹は爪と牙を折られて戦意を喪失したのか地面に這い蹲ったままなので、もう無視しても大丈夫だろう。


 残る問題は、目の前にいるジェネラルウルフだ。仲間を倒されたせいで気が立っているのか、牙をむき出しにして威嚇をしてきている。

 多分だけど、あのアーミーウルフ三匹よりもジェネラルウルフ一匹の方が戦闘力は高いと思う。

 アーミーウルフよりも鋭い牙と爪、それに筋肉も目に見えて盛り上がっているし、単純に体が大きくウエイトが重たいのでそれだけでも攻撃力に大きくプラスだろう。


 これでは、いくら硬くなったシリスといえども貫かれてしまうだろう。先ほどの生身だったタイミングでジェネラルウルフが攻撃に加わって来なかったのは、幸運だっただろう。

 正直、アーミーウルフ三匹の対応ですら何も案が浮かばずに、キリーの魔法で奇跡的に大逆転しただけなので、この状況を何とかするのは絶望的だろう。


「ねえキリー、他に支援魔法は使えるの?」


「い、いえ……私が使えるのは今の二つだけです……ごめんなさいっ!」


 まあ仕方ない、さすがにそこまで都合よくは事は進まないようだ。いよいよもって手詰まりだな。


 改めて、自分のジョブが「ヒモ」だという事実を恨んだ。


 一応、隣にいる二人にも相談を持ち掛けてみた。


「シリス、キリー。今の状況を打開するいい案はある?」


「ちょっと今、欲求不満なので何も考えたくないですね」


「し、死ぬ。今度こそ私は死ぬんですぅ……どうせ死ぬなら王子様の腕の中で死にたかった……」


 びっくりするぐらいに役に立たなかった。


 シリスは先ほどお預けを食らったせいで拗ねているし、本格的にジェネラルウルフと対峙して、その威圧感に負けたキリーは全く話が入らなくなっている。

 二人ともいつも通りっちゃいつも通りだけど、今が危機的な状況だということを理解しているのだろうか?


 全くもって機能しなくなった二人に頭を悩ませるが、これまたどうしようもない。それに、向こうもそろそろ限界のようだ。


 しばらくお互いににらみ合っていると、ジェネラルウルフがバッと駆け出してきた。


 速いっ!


 ジェネラルウルフは僕が思っている数倍のスピードでこちらに飛び掛かって来た。


 これは…死んだな。せめて僕以外の二人には生き残って欲しい。だから、二人の前に両手を広げて出て、大きな声で逃げるように促す。


「シリス!キリー!!ここは僕に任せて逃げてっ!!」


 だけど、二人は咄嗟の出来事に足がすくんだのと、僕を置いていくことが出来ないのかその場からピクリとも動かない。


 くそっ、せめて二人が冷静になって現状を把握する時間を確保するために少しでも足掻こうか。


 そうして、腰に掛けた剣を抜き切りかかろうとしたその時


「おすわり!!!」

「キャウウゥゥゥンッ!」


 僕の後方から、聞き覚えのある声がしたかと思うと、飛び掛かって来ていたはずのジェネラルウルフが頭を抱え、地面に伏していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る