母性とはきっとこういうこと

「で、あなたはどちら様でしょうか~」


 あれから、一旦リリスさんから解放された僕と、リリスさんシリスの親子は宿屋に併設された、家族の生活スペースにある応接間で対面していた。


「えーっと、初めまして僕はリーン=バクスと言います。シリスさんとは静謐の森で出会いまして…」


「あらあら、それでうちの娘に手を出した訳ですかぁ」


「ひっ!!」


 怖い、怖いよ…顔はニコニコしているのだが目が笑っていない。おっとりしているようで内なるどう猛さを秘めているのか、獲物を射るような目で僕を見てくる。僕がビビりながらそんな事を考えていると、さらにリリスさんの顔が笑顔になり目が鋭くなった。どうやら彼女は僕の心を読んでいるみたいだ。

 正直リリスさんに軽くトラウマを植え付けられている。怖い。


 とりあえず、手を出した発言は否定しておかないと碌なことにならないと思うので早々に否定しておく。


「いえっ、手は出していません!たまたま出会い、ただシリスさんの探し物の手伝いをさせていただいただけで指一本触れてません!!」


「お母さんあのね!私、リーンさんの犬になるの!リーンさんはね、私の中の新しい、気持ちいい扉も開いてくれたし、ドラゴンと対峙したときは手を強く握りしめてくれたの!ちょっと痛かったけど、それはそれで気持ちよかったのっ」


「指一本…触れてない。ですか…?」


 触れてたわ。そして、シリスはあの極限状態の中でそんな事考えてたのか。後、物凄い僕にとってやばいことも暴露してくれたね。いや、そんな扉は開けて無いんだけどね。


 もうツッコミも追いつかないし、僕は半分人生を諦めた。


 これはあれだ。ソーレに初めて出会った時の絶望の数倍はある。


「リーンさん、少し別の部屋でお話しましょうか…」


「ひいっ……!」


 爺ちゃん、僕は先に逝くよ…


「冗談ですよー。シリスの気持ちいい扉を…という話はまた後でゆっくり聞きます」


「それも違いますって。誤解ですから!」


「まあ、いいでしょう。とりあえずシリスから話は聞きました。私の病を治すのを手伝って頂いたみたいですね、ありがとうございます」


 そういうと、リリスさんは深々と頭を下げた。なんとか僕の命はとりあえず助かったようだ。


  リリスさんを助けるのを手伝ったのは僕の信念に基づいてだ。もし手伝わなくても良いと言われていても手伝っていただろうし、お礼されるのもくすぐったい。


「いえ、気にしないでください。僕が手伝いたくて手伝っただけなので」


「そうですか。ふふ、リーンさんはいい男ですね。でも、お礼は素直に受け取っておくものですよ?」


 そう言って微笑むリリスさんはとても魅力的に見えた。やっぱり美人だなあ。それに、お礼は素直に、か。やっぱり素晴らしい女性だな。


「確かに…そうですね。えーっと、どういたしまして?」


「はい、よくできましたね~」


 僕の母親は小さい頃に死んでしまって記憶なんてないけど、母親ってこんなに暖かい物なんだなと、何故か懐かしくなった。


 物思いに耽っていると、僕の頭をリリスさんがなでてくる。


「リーンさんは可愛いですね~。うちの息子になりますかぁ?」


「は、恥ずかしいですよっ!ど、どうせなら僕の女になって欲しいですね!」


「ふふっ、考えておきますね~」


 どうやら僕が母親を想い感傷に浸っているのを気付いたようで慰めてくれているようだ。

 それがすごく恥ずかしかったので、そんなことを言ってごまかしたが、軽くあしらわれてしまった。それがまた恥ずかしさを増幅させた。


 リリスさんは僕が恥ずかしさに顔を赤らめ俯いているのをしばらく眺めた後、少し真面目な顔をして口を開いた。


「ところでリーンさんに折り入ってお願いがあります」


「お受けします」


「断っていただいてもかまわn…え?受けてくださるのですか?」


 僕が内容を聞く前に受ける、と言ったことで困惑するリリスさん。ちょっとしてやったりな感じで嬉しかった。

 それに、僕が女性からのお願いを断るわけない。


「はい、お受けします。僕に任せてください!」


「やっぱりいい男ですねぇ。本当に惚れてしまいそうです。では改めて内容をお伝えしますが、私があんなことになっていたせいでしばらく宿屋を閉めていたのですが、治った今、宿屋の運営を再会したいのですがお客様に提供できる食材が全くない状態でして。なので、リーンさんに食材を取ってきて頂けると嬉しいのです~」


 普段は町にいる冒険者や狩人から仕入れていたり、商店から仕入れていたが急にリリスさんが快復したことと、宿屋を早く再開させたいが手配の準備が出来ていないため僕に食材の調達を依頼したいとのことだ。


「わかりました!食材の確保ですね」


「はい、そうです。では、ギルドに指名依頼として出しておきますね」


「宿屋が閉まっていたせいでお金が無いんじゃ?それにリリスさん達からお金なんて貰えないです」


 指名依頼とは、依頼者側が特定の個人を指名して出す依頼の事だ。信用出来る人間、実力のある人間に確実に受けて貰うために出すものである。

 もちろん受けるかどうかは冒険者の自由になるので、お互いの信頼関係がないと中々受けて貰えないが、今回は正しい使い方と言って正解だろう。


 だが、当たり前だが依頼にはお金がかかる。シリスやリリスさんと出会い、家の事情も知っている今、お金を貰うことなんて出来ない。


 そう思っていたが


「リーンさん。あなたの考えていることは正直とてもありがたいです。ですが、依頼の報酬はいわばお礼です。後は分かっていただけますね?」


 そうか。依頼の報酬は、困りごとを解決してくれた冒険者に対する「ありがとう」の気持ちの具現化なんだ。

 そういえば先ほども言われたんだった。お礼は素直に受け取るものだと。


 女性からの頼みは全て無償で受けるのが美徳だと思っていた。だけど、それはありがとうを言わせてもらえないのと一緒で、本人からするともどかしい気持ちを抱くかもしれない。

 相手の気持ちを汲み取って、しっかり受け取ることが正解の場合もあるんだな。


 やはり、リリスさんは素晴らしい女性だなと、再認識した。


「はあ、わかりました。その依頼、お受けいたします!」


「はい、いいこいいこですね~。では改めてお願いいたします」


 そう言ってリリスさんはまた、僕の頭を撫でるのだった。恥ずかしい。

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