圧倒的強者
僕たちはその光景に生唾を飲み込んだ。
開けた薄暗い空間を照らすように輝く真っ白い花。間違いなくあれがキュレ草だろう。
言い方は悪いが、たった一輪の花だ。だが、そのたった一輪の花に僕たちは圧倒されていた。その花に降りかかる一筋の光にも不思議な温もりがあり、引き込まれる。
「綺麗」という表現では生ぬるい。「神秘的」という表現が最適解だろう。
それほどまでにその光景は幻想的で、圧巻の一言だった。
そして、
相当な悪人でも、この場所この光景を見たら無条件で改心するのではないかと思うほどだ。
あの花を摘んでしまってもいいのかと思えてくる。あの花はここにあるべきだ、そう思ってしまう。
シリスも同じように考えているらしく、困惑の表情を浮かべ問いかけてくる。
「あの花を、摘んでしまっていいのでしょうか…」
「確かに…何か触っちゃいけないような気がするよね。でも…」
だが、そうも言っていられない。あれが無いとシリスのお母さんは治せないのだ。
僕は気持ちを切り替えて、キュレ草を摘むために一歩踏み出す。
その瞬間、背筋がゾッとして歩みを止めた。
そしてその気配を辿り木々の隙間から空を見上げると、そこには「何か」が飛んでいた。
その「何か」はしばらく空を旋回した後、ゆっくりと高度を下げこの場所へと向かってくる。
そして、徐々に「何か」の全貌が見えてくる。あれは…
「ドラゴン」だ。
金色の鱗をした、大きなドラゴンがこの場所へと降下してくる。
本当は一目散に逃げるべきだとは思うのだが、言い難い恐怖の感情に支配されて一歩も動けない。それはシリスも一緒のようで僕の後ろでガタガタと震えている。僕も余裕はないが、シリスの手をぎゅっと握って少しでも落ち着くよう努める。
ドラゴンとは、この世界において恐怖の象徴だ。この世界で最強の存在との呼び声高く、鱗による高い防御力と鉄板でも簡単に引き裂く爪、防ぐ術がほとんど無いとされるドラゴンブレスを操り破壊の限りを尽くすのがドラゴンだと。
過去の文献によるとたった一匹のドラゴンにより一国が滅びた、という話もある。
そんな、伝説の存在と対峙してまともな精神状態ではいられない。明確な死が目の前に迫っている、むしろドラゴンと対峙して何故まだ生きているのだろうか?と疑問が思い浮かぶほどだ。
冒険者にはランク付けがされ最下級のFランクから最上級のSランクまである。Sランクにもなると人外の域にまで達しており、一人で大国の軍隊と張り合うかそれ以上と評される者ばかりだ。
そんなSランク冒険者でもドラゴンとの戦闘は極力避けるという。
今の僕たちにどうこう出来る相手ではないことは明確だ。
僕たちが恐怖に立ちすくみ、逡巡している間に金色のドラゴンがこの場に降り立った。二足歩行の大きな体に手から生える鋭い爪。背から生える翼は全てを吹き飛ばしてしまいそうな程だ。そしてわずかな光しかない中、ドラゴンの鱗は煌めき圧倒的な存在感を誇っていた。
あれだけ目立つ姿をしていると、すぐに発見されそうなものだが特殊な能力で視覚を誤魔化しているのだろうか。
先ほどから冷や汗が止まらず、シリスの手を握る手に力が入る。その手からシリスの恐怖が伝わってくる。冒険者でもドラゴンと出会う事は稀有なのだ、一般人がドラゴンと出会う事などまずないだろう。
その恐怖を手のひらで感じ、僕はさらに恐怖と緊張を増し、それがまたシリスに伝わってしまう。悪循環だ。だがこの手は絶対に離すまいと思った。咄嗟に守る為には離してはいけない気がした。
そうこうしている内に、ドラゴンはゆっくりとこちらを見てゆっくりと口を開ける。
あれは、ドラゴンブレスか!?
広範囲を一瞬で焼き尽くすドラゴンブレス。食らってしまうと僕らなんか骨も残らず消失してしまうだろう。
しかし走って逃げたところで逃げ切れるようなものでも無いことは理解している。最悪、僕はいい。シリスだけでも助けたい。だけど、逃がせるような場所もない。
意味はないかもしれないが、シリスの手をグッと引っ張り僕の後ろへとやった。僕が盾になれば、もしかしたら…限りなく低い確率ではあるが助かるかもしれない。
僕が犠牲になろうとしているのに気付いたのか、シリスは大きな声で抗議してくる。
「リーンさん、私はいいですから、逃げてください!!」
「そんなこと出来る訳ないよっ、それに逃げる場所なんてない、シリスだけでも助けるにはこれが最善なんだ!」
そういって、シリスの前に立ち、両手を広げて守る体制を整えた。
そしてドラゴンは口を開いたままキッと目をしかめたかと思うと
「誰だお前らはっっっっっ!!!」
と、女声で問いかけて来た。
あれ?
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