豚野郎

 叫び声の聞こえた方へと急いで走っていくと、女の子がモンスターに襲われていた。あれは、タスクボアというイノシシを大きくしたようなモンスターで、普通のイノシシよりはるかに大きな牙と、突進力により岩石を貫通する程の破壊力を持った奴だ。


 それに女の子が追いかけられている。今はまだ距離が開いているがいずれ追いつかれてしまうだろう。それはいただけないので僕は足元にあった、こぶし大のサイズの石を拾いタスクボアに向かって全力で投げる。


「当ったれええぇぇぇ!!」


 僕が投げた石は吸い込まれるようにタスクボアの額に当たり、一瞬怯ませることが出来た。その後奴は僕に狙いを定めなおしたのか、僕の方に向かい合ってから、地面を掻く仕草をした。


「かかってこい!豚野郎!!」


 意味は無いかもしれないけど一応暴言も吐いてヘイトを集める確率を高めた。女の子が「はうぅん」という声を上げていたのが気になったが今はそれよりも奴だ。

 そして僕は、奴から背を向けて一気に走り出すと、ブモオオォォという鳴き声と同時に地面を蹴って走り出してきた。


 僕とタスクボアのチェイスが始まる。


 が


「ちょっ、思ったより速い!!」


 あまりにも奴が速すぎて早々にピンチである。


 タスクボアは牙と突進力が武器であるが、その突進力を急激に殺すような能力はなく牙の重さも相まってほとんど直線的な動きしか出来ないため、僕の予定ではある程度チェイスしながら大きめの岩石を見つけて、そこに奴の牙を突き刺す予定でいたが、このままでは僕が先に串刺しになってしまう。


 やばいな、家を出てからまだ数時間しか経っていないのにもう死んでしまうのだろうか…いやっ、まだだ!こんなところで死ぬわけにはいかない。


 僕にはまだ守るべき女性が沢山いる。活発僕っ子に黒髪清楚なお姉さん、金髪グラマーに、褐色ボーイッシュ。他にも様々な女性が僕を待っているんだ!絶対に生き残ってやるんだ!


 そう自分に言い聞かせて折れそうな心をグッと持ち直した僕はお手頃そうな大岩をやっとのことで見つけた。僕はそこに向かい全速力で走る。


 タスクボアとの距離がどんどんと縮まってくる。もう、タスクボアの気配を背中で感じ取れる程だ。


 間近に感じる死の気配に冷や汗を掻きながらも必死に走り続ける僕、それを追いかけるタスクボア。大岩との距離がどんどん近づいてくる。それと同時にタスクボアとの距離も縮まる。あと少し、あと少しだっ。


 そして。


「今だっ!!」


 最後の力を振り絞って走る僕は大岩と残り一メートル程度の距離、タスクボアの牙が僕に掠るか掠らないかの所で思いっきり横に跳んだ。


 するとすぐに、ガシャアァンッ!と大きな音を立ててタスクボアが大岩に衝突していた。

 タスクボアが突き刺さりはするが破壊は出来そうにない岩を何とか見つけれたので、僕の思惑通り牙が抜けなくなったタスクボアは必死にもがいて抜け出そうとしている。


 このまま放置しておくと、いずれ抜けてしまう。そうするとまた命を懸けた鬼ごっこが始まってしまう。今追いかけられたとしたら間違いなく串刺しになってしまう。


 僕は、家から持ってきた剣をスッと抜き急所を狙って切りつけ、止めを刺した。


「あー、死ぬかと思った…」


 ここらへんに出るモンスターは大したことない、と言った事を訂正させてほしい。大変危険なモンスターが多いかもしれない。少なくとも今の僕にとっては。


「そういえば、あの女の子は無事かな?」

 

 せっかく助けたのに、また不測の事態で何かあって欲しくない。僕がタスクボアに追いかけられる直前、変な声を出していたのも気になる。


 心配になった僕は、安否確認の為に女の子の元へと急いだ。


 女の子の元へ走っている途中に、タスクボアから逃げる際にジグザグに逃げたらもっと楽だったのになと思い返したが、今更だった。

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