第43話 僕の旅路

「え、じゃあ、この家を出ようって、言うのか?」

団子屋のおじいさんは、食べていた夕食の味噌汁を吹き出しそうになって言った。

「スミマセン。急な話で。」

僕は出された焼き魚に手をつけず、そう言った。

「あの、ほれ、あれはどうするんじゃ。清たちが踊ったりするやつ。」

「はい。千代町娘はある程度出来上がったので、僕が居なくても問題ありません。」

「問題あるでしょ。沢山。」

清が口をはさむが僕はそれを制した。

「大丈夫だ。それに皆ずいぶんと成長した。僕が教えるようなことはもう無いよ。

それに笹川さんも帰ってくる。」

「え、笹川さん、帰ってくるの?」

「ああ。笹川さんが僕の役割をやってくれる。」

「でも、二期生も入ってくるんだから、大変だよ。」

「それだって葵ちゃんがいるだろ、指導役で。」

「でも…。」

「こら、清、陣内さんを困らせたらいかん。陣内さんには陣内さんなりの考えがあるんじゃろうから。」

あ、それほど大した考えがある訳ではないのですが。

「え?そんな考えあるの?陣内さん。」

ストレートに聞くね。そりゃ多少は考えてるよ。

「うん。実は伊豆にいこうかと思っているんだ。」

「伊豆?伊豆国かい?そこで何をするんだい?」

「うん。今度はね、伊豆で男性の愛獲留を育てようかと思うんだ。」

「何で伊豆なんじゃ。伊豆になにかあるのかい?」

「いえ、特にありません。強いて言えば、語呂ですかね。」

「語呂?」

「ええ。僕は男性愛獲留が大きく育つ事務所を作る予定なんです。

その語呂ですね。」

「どういう語呂?全然わかんない。」

「伊豆に僕の事務所を作る。陣内伊豆事務所、っていう名前なんだ。」

「陣内伊豆事務所? それのどこが男性愛獲留向きの語呂なの?」

「うん。清にはちょっと分からないかな。早口で言ってみて・」

「じんないいず事務所 ジンナイイズ事務所 ジンナイーズ事務所? 何これ。

全然わかんない。」

「ハハハ。そうだね。僕も良くわからなくなっちゃったよ。でも、男性愛獲留なら伊豆しかない、って気がするんだ。」

「そうか、そう決めたんなら、迷わず進むことじゃな。」

「はい。清、後は頼むよ。おじいさん・おばあさん、長い間お世話になりました。ありがとうございました。この御恩は一生忘れません。」

「何か昔話の亀みたいじゃの。」

「そうですね。」

ハハハ、と皆で笑った。

清はすこしだけ寂しそうだったが、それもしばらくの間だけだろう。

本当にすこしだけ、だな。

もう少し悲しんだり、引き止めたりしてくれてもいいんだよ、清。

ほら、陣内さん、行かないで。私千代町娘を辞めて追いかけていくわ、とか。


 * * *


こうして、僕は伊豆に向かうことになった。(一人で)

本当に僕がこの時代に千代町娘をプロデュースするためにやってきたのであれば、

この後、令和時代に戻るはずだ。すくなくとも違う時代に。

違うミッションがあるのなら、伊豆でそのミッションに気づくであろう。

そう思いながら、僕は伊豆に旅立った。千代町娘を残して。

(ちょっと格好いい感じ。)


 * * *


「こんにちは。笹川さん。」

「おう、時太郎じゃねぇか。元気か?」

「うん、元気だけど、その時太郎って名前の呼び方は、もうやめてほしいな。

今は鉄蔵って名前なんだ。」

「おう、そうだったな。時太郎は子供の頃の名前だったな。失礼をいたしました。」

「そんなことより、千代町娘、大人気だね。江南町娘の方も人気が定着してきたようだし。」

「そうだな。しかも葵が江南町娘の方で復活したり、五月が江南娘に転籍したりしたから余計に二つの町娘が一体感を持って見えてきたんだ。」

「まさか葵さんが復活するとは、思わなかったなぁ。」

「ハハハ、お前はいつも葵ばっかりだなぁ、気になるのか?」

「そ、そんなことは、無いよ。」

「そんな真っ赤になることないだろ。葵も結局結婚しなかったんだから、

お前の出目も全くないわけじゃないだろ。」

「そんなことはいいんだよ。僕は千代町娘たちが上手く行ってほしいだけだよ。」

「そうだな。2つの町娘で千代町も参道も随分と人の来る賑やかなところになったな。」

「結局、一番儲かったのは越後屋だって聞いてるよ。」

「まぁ、いいじゃないか。千代町参道も参道として成り立つくらい、人が来てるんだから。陣内さんのお陰だな。」

「そうだけど。」

「ところで、お前最近はどんな絵を描いてるんだい? 暇ならうちの町娘の絵を描いてほしいところだけど。」

「残念だけど、今は富士山の絵を沢山かいているんだ。」

「そうかい。富士は良いよな。どこからでも見える、っていうのが富士の良いところだ。絵を描くときの名前は何て名前にしてるんだ。」

「名前? あぁ、号のことだね。号は北斎。以前、陣内さんが、お前の絵は北斎みたいだな、って言ってたことがあって。そこから貰ったんだ。」

「ほう、北斎ね。いい名前だ。陣内さんらしいな。北斎みたいって、どこかでそんな名前の画家をみたのかね。聞いたこともないけど。」

「陣内さんはよく言ってたよ。間違えようが、失敗しようが先にやったものが、その道の最初の人間だって。だから僕は北斎として最初の絵を描くんだ。」

「そうか。お前なら良い絵を描くだろうな。沢山の富士山、描けよ。

陣内さんの居る伊豆からも富士山は良く見えるからな。」

「うん。そのうち陣内さんに会いに行って、伊豆からの富士山も描くよ。必ず。」


おわり

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タイムスリップしたので、アイドルをプロデュースしてみる かつあん @annkatsu

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