第42話 笹川さんを探して

僕は参道の蕎麦屋に向かった。

ガラガラ、扉を開ける。

「こんにちは」

「へいっ。いらっしゃ… なんだてめぇか。」

「ご無沙汰しております。」

僕は蕎麦屋の主人に頭を下げた。

ここは元々裏参道にあって、笹川さんが働いていた蕎麦屋だ。

だから、僕は主人とは当然顔見知りだが、蕎麦屋は

笹川さんが越後屋に引き抜かれた際に、一緒に表参道に移転していた。

それ以来、足を運んでなかったのだから、随分久しぶりだ。

「笹川なら、いねぇよ。」

「どこに行ったか、ご存知ありませんか?」

「ある訳ねぇだろ。越後屋をクビになって出ていったきりだよ」

「そうですか。」

「折角、越後屋さんで仕事をさせてもらったのに…、お前のところ千代町娘のせいで上手くいかなかったんだってな。越後屋さんは。」

「…申し訳ありません」

「ふん。お前に食わせる蕎麦はねぇよ。帰んな。」

あれ?こんな展開になるのか。

まぁ仕方がない。出直すか。

「失礼しました。」

ガラガラと入ってきた扉から出る。

さて、困った。

笹川さんはどこにいるのかしらね。

「陣内さん」

僕を呼びとめる声。

振り返ると蕎麦屋のおかみさんだ。

「すまないね。ウチのひと、あんなこと言って。許しておくれよ。

笹川を随分かわいがってたからね。」

「あ、いえ。分かってます。」

「笹川はね、むこう町の土方で働いてるよ。」

「むこう町、土方」

「そう土方よ。なんでも道を大きくする工事をやっていて、その人手がたりないからって、声がかかったのよ。」

「そうですか。ありがとうございます。行ってみます。」

「主人には内緒よ」

そう言って蕎麦屋のおかみさんは戻っていった。


 * * * 


むこう町にいくと、たしかに道をつくっているようで、手押し車に土を入れて運んでいる人が沢山いる。その中で笹川さんを見つけた。

「笹川さん」

「お、おう。陣内さん。どうした、こんなところで。」

「ちょっとお話が。お仕事のあと良いですか?」

「ん、あぁ。もうすぐ終わるから、あそこで待っててくれ。」

笹川さんは手押し車から手を放さず、あごで「あそこ」、と通りの角をさした。


しばらく経って、仕事の終わった笹川さんがやってきた。

「どうしたんだい、こんなところまで。何かの用があったのかい?」

「いえ、何かのついでで寄ったんではなくて、笹川さんを探してたんです。」

「俺を?どうした?」

「はい、実は今度千代町娘の二期生を募集しました。」

「ああ。松尾さんから聞いたよ。結構な人が来たらしいな。」

「え、松尾さんから?」

「あぁ。あいつも人力車でここまで来てくれて。お客さんを送ったとか言ってたけど、とても客がいるようには見えなかったな。」

「そうですか。 松尾さんが。 それはともかく、実は千代町娘の二期生を募集したところ、沢山の応募が確かにあったんです。あれだけ応募があるとなるとある程度の人数を採用しようと思います。

もちろん、すぐに踊ったり、歌ったりできる娘は少ないでしょうが。

彼女たちを鍛えて、第2・第3の千代町娘を作ろうと思っています。」

「え、二期生なんだろ、第3の千代町娘もつくるのか?」

「はい。将来的には。」

「そんなに入るか、あの芝居小屋で」

「そうなんです。お客も、千代町娘も現状のままではダメなんです。」

「ほう。ダメなのか。」

「はい。だから、僕はもう一つ、小屋を作って、別の千代町娘をそこに作ろうと思っています。」

「別の、千代町娘?」

「そうです。たとえば、隣町の江南町だとすれば、江南娘を」

「え、千代町娘じゃなくてか。」

「千代町娘はあくまでも千代町のご当地愛獲留です。江南町には江南娘が必要なんです。ま、もちろん、まだ仮定ですけど」

「そうか、すごいな。それが俺になにか関係あるのかい?」

「はい、そのもう一つの千代町娘の立ち上げをやってほしいんです。」

「え、立ち上げって。俺は元祖千代町娘を失敗させた男だぞ。」

「でも愛獲留を一から作り上げた、とも言えます。」

「陣内さん、あんたがいるじゃないか。」

「僕は…旅に出ます。」

「え?」

そうなのだ。実は僕はここらで千代町娘を離れようと思っていた。

僕のこの時代のミッションが、千代町娘であるとすれば、

もう十分に独り立ちした千代町娘でミッションクリアをしたはず。

ここから江南娘(仮名だけど)を作る、ってことは僕のミッションだとは

思えない。

でも、この時代から令和時代に戻る気配がないってことは、何か違うミッションが

あるはず。

それを探しに行かなきゃいけない。

男はいつも旅人なのだ。

「何だかよくわからないけど、陣内さんの後釜を俺がやるのか?出来る訳ないだろ。」

「いや、大丈夫です。八兵衛さんも松尾さんもいる。千代町娘の5人もいます。

ま、葵ちゃんは二期生たちの講師ですけど。」

「ホントに俺でいいのか。」

「はい。お願いします。」

「俺で出来ると思うか。」

「出来ます。必ず。」

「陣内さん」

「はい。」

「…ありがとう」

笹川さんががっしりした手で僕の手を握る。

僕も握り返そうと思ったが、笹川さんの握力が強すぎて握り返せない。

それどころか、手が…痛い。すごく痛い。

「笹川さん、手が…」

「うん。ありがとう」

いや、痛いってぇの。

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