第40話 葵のその後

元祖千代町娘がデビューするという話を聞いて以来、千代町娘の5人は本当に忙しかった。

親衛隊「千代町賛同隊」を作り、結成イベントや握手会を開催。

その後に今度は千代町舞踏教室を開校し、自らが講師となって、生徒の子供たちに教える。

それらをこなしながら、いつもの公演もしっかりと行う。

公演も段々ファンが付いてきてくれたおかげで、いつも観客があふれかえるのはありがたいのだが、リピーターが多いということは、毎回同じ演目をやる訳にもいかず、

新しい曲や振り付けを覚えるので、これまた大忙しだった。

そんな彼女たちのモチベーションになっていったのは

皮肉なことに「元祖千代町娘」の存在だったのだ。

葵への陰口事件があったが、あれはつまり、内側にパワーが向いていたのだ。

しかし、今回、元祖千代町娘というライバルのお陰で、そのパワーが全て外側に向き、内側には団結心が残ったといういことだ。

そういう意味で、今の千代町娘の状況は一番いい。

このままだったら紅白にも出れる。

もちろんこの時代に紅白があれば、の話だけど。

チームとしてそれくらいの充実度だ。

しかし、神様は良いことの後には、ちゃんと嫌なことを用意しているのだ。

ある日、葵が練習前に団子屋にやってきた。

顔が沈んでいる。

「あれ?どうしたの葵。随分早いじゃないか」

「あ、ホントだ。早いね。団子、食べていく?」

僕と清を見て、葵は困ったような顔で言った。

「もうすぐ、結納になるの」

あ。

忘れてた訳じゃないけど、皆で一致団結していたので、

何となく、葵の結婚話は無くなったのか、と思っていたが、ちゃんと進んでたんだ。

「そうなのか? ん?清はそのこと知ってたんだっけ?」

「うん。葵ちゃんから聞いてた。」

なんだ、そうなのか。

「他のみんなも知ってるのかい?」

「ううん。あたしだけ。ね、葵ちゃん」

「うん。でも、これ以上隠している訳にいかないから、今日皆に言おうと思って。」

「…そうなのか。」

「はい。」

「えー、葵ちゃん、まだやろうよ、千代町娘。一緒に。」

「でも…」

「清、それは無理だよ。結婚して愛獲留を続けるのは、難しいよ」

「なんで、何で難しいの?」

「親衛隊はいいかもしれないけど、旦那さんが、良い気がしないだろ。

 それに家族や親族だって。」

「…そうね。」

葵も清も下を向いたままだ。

「しょうがない。葵の卒業公演をやらないとな。」

「卒業公演?」

「うん。一流の愛獲留が辞めるときは、必ず卒業公演があるんだ。」

「へx-、そうなんだ。じゃ、そうしようよ。ね、葵ちゃん。」

「でも、皆が…」

「皆もそう言うに決まってるよ。大丈夫よ。」

「そうだよ、葵。みんな仲間なんだから。」

あれ?ドラマの先生役みたいだな。僕。

「はい、最後まで頑張ります。」

「うん。よし、海まで走ろう!」

「それは、嫌です。」

あ、そうですか。

しかし、問題は残った4人で千代町娘を続けた方がいいのか、それとも…。


 * * *


葵の卒業公演の話は、すぐに広まり、チケットは瞬く間に売り切れてしまった。

それ自体は嬉しいのだが、やはり残念な気持ちでいっぱいだ。

それに先行き不安でもある。

5人いるからこそ、の魅力もあっただろうし。

僕も千代町娘の葵以外のメンバーも気合が入らないなか、葵だけは吹っ切れたように歌って踊っている。

「今のところ、ちょっと合ってなかったよね。みんな、もう一回やろうよ。」

踊り終わって、すぐに4人に声を掛ける。

すごい気合だ。

「まぁまぁ、葵ちゃん、ちょっと休憩しよう」

僕の掛け声で葵も舞台から降りてくる。

「そうだ、陣内さん、私、いい考えが浮かんだのよ」

「今、二期生を募集してるのよね。私の後釜として。」

「いや、後釜として募集してる訳じゃないよ。」

「そうよ、葵ちゃん。葵ちゃんの代わりが務まるひとなんていないよ。」

「そうよ。結婚しても続ければいいじゃない。」

「そういう訳にはいかないわよ。結婚してる愛獲留なんて。ねぇ、陣内さん」

「うん。結婚してる愛獲留もなくはないと思うけど。そこは葵ちゃんの考え次第だね。

ご家庭の都合や旦那さんの気持ちとかもあるし。」

「そっか」

5人娘は顔を見合わせる。

「ただ、さっきも言ったように、葵ちゃんの後釜じゃないよ。これは本当。

この間、皆で元祖千代町娘、見たよね。千代町娘と一番大きな違いは人数だった。

倍の10人いたからね。それ自体は壮大さがあってよかった。

でも、彼女たちは踊りもバラバラでその10人の人数が生かせてなかった。

もし、10人の踊りがしっかりと合ったら、壮観で、見ている人も感動するだろうな、って思ったんだよね。」

「それで二期生を募集しようと思ったの?」

「もちろん、元祖の公演をみて思いついた訳じゃないけど、彼女たちの演技をみて

やっぱり10人位いた方が壮観だろうな、と思ったんだよ。

いまは千代町娘の認知や人気も上がったから、きっとある程度集まる、と思ってるんだよね。」

それを聞いて、葵が手を挙げる。

「私も沢山の千代町娘見てみたい。それで、お願いもあるんですけど…」

「何だい?」

「その二期生に踊りや歌を教えるのを、私にもやらせてほしいんです。」

「え?」

「私、子供たちに歌や踊りを教えていて、自分が踊るよりもこっちの方が向いてるなって。

それにそれなら家族も説得できると思うので。」

「いいじゃん。それ。」清がうれしそうにいう。

「葵ちゃんが教えてくれるんなら二期生もすぐに上手くなるよ。」

「それに、そしたらまだ皆一緒にいられるじゃない。」

「わぁ」

あ、勝手にもりあがっちゃった。

もう、そこは僕もそう考えたのにぃ。

ま、いっか。

これで何とか落ち着きそうだ。

よし、では二期生の選考に入りましょう。

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