第38話 元祖と笹川

越後屋の元祖千代町娘は、出だしはかなり好調だった。

既に千代町娘によって、アイドル(愛獲留)という文化が根付きつつある時に、

それを利用する形でスタートしたのだから当然だった。

「そのうち千代町娘の5人もワシのところに入れてくれ、って泣きついて来るだろう」と越後屋の主人、桂は思っていた。

物事を始める時には、十分準備をしてから、というのが桂の信条だった。

商売が当たるか当たらないか分からないのに、店を出してしまい、予定よりも売上が行かずそのうち首が回らなくなった店を何回も見た。

馬鹿はいきなり始めるから失敗するのだ。

朝の散歩をしながら、桂は一人思いにふけっていた。

ワシは今回も愛獲留が十分に儲かることを見極めてから始めた。

知名度も利用できた。

ノウハウの分からないことは、笹川を取り込むことで分かるようになった。

ワシが見て足りないと思ったのは、大人の女の魅力だ。

あんなションベンくさい子供の踊りではなく、大人の女の踊りにすれば、更に

誘客できるはずだ。それは、水茶屋などで分かっている。

失敗する訳がないのだ。

桂は自信満々だった。

次の公演が楽しみだ。また客であふれかえるだろう。


 * * *


千代町娘と越後屋の元祖千代町娘。

2つのユニットが、共に人気を博して、2つの参道が一大アイドルストリートになるか、

といえば、結果的にはそうはならなかった。

アイドル好きのキャパというか、町自体の吸引力というか、分からないのだが、

簡単にいえば、2つのユニットがこの町で共存していくだけのパワーが無かった、ということだろう。

徐々に明暗が分かれてくる。

元祖千代町娘がスタートして以来、すこし客足の減った千代町娘ではあったが、

依然として十分な数の観客の前で舞台がこなせている。

越後屋の元祖千代町娘は公演の回を重ねるごとに観客が減ってくる。

「おい、笹川、昨日の観客数は何だ!どういうことだ!」

小屋にいた笹川に対して桂の激が飛ぶ。

「ちゃんと告知してるのか? いったい何が悪いんだ! 言ってみろ!」

笹川はそう言われても、何が悪いのか、自分でも分からない。

越後屋の配下にある店はもちろん、ツテのある店には、公演日時の書いたポスターを貼らせてもらったりしている。

水茶屋で一日店長もやらせてみた。

もちろん時太郎に美しいポスターも描かせて、芝居小屋にも貼った。

でも客足は伸びなかった。

「スミマセン…」

か細い声で答える笹川に桂は余計腹が立つ。

「何とか、客席を満員にしろ。そうじゃないとお前は首だぞ! 早く行け!」

行け、と言われてどこにいけばいいのか、分からないまま笹川は小屋を出た。

笹川はとぼとぼと歩きながら、考えていた。

どうしよう。

どうすれば、元祖千代町娘が人気になるんだろう。

今の元祖千代町娘は満席とは程遠い状態だ。

越後屋傘下の店などに無理やり観覧券を売りつけて、何とか客席に人がパラパラといる状況を作っている。

それだって、桂が売りに行けば皆「いやぁ、観たいと思ってたんです。嬉しいなぁ」などと言って買ってくれるが、

笹川が売りに行けば、「こないだ付き合いで買ったろう。もういいだろ。」と言われるのがオチである。

それを押し売りのように押し込んだり、乞食のようにお願いをして買ってもらう、というのを繰り返していた。

何でこんなことになっちまったんだ。

笹川は気づくと、最近来ていなかった裏参道、今の名前の千代町参道をあるいていた。

そこには清のおじいさんがやっている団子屋がある。

さすがにここで団子は買えないなぁ、と思って野点の赤い傘を見ていると、

店の奥から陣内が出てきた。

「あ、笹川さん」

「あ、陣内さん。…ご無沙汰しております。」

「いえいえ、こちらこそご無沙汰してしまって。 あ、団子、いかがですか?

 って居候の僕がいうのも何ですけど。」

「いえ、団子を食べにきたんじゃないので」

「ま、そういわずに、一休みしてくださいよ。」

無理やり陣内に座らされる。

「大変ですか、元祖千代町娘は。」

「え、そんなこと…ないですよ。」

「そうですか。ならいいんですけど、ウチにくるお客さんが、元祖の方は厳しそうだって話しているのを聞いてしまったので」

「…そうですか。陣内さん、…私が陣内さんに聞けたような義理ではないんですけど何が悪いんですかね?元祖千代町娘は。」

「うーん。僕も偉そうに言える立場でもないのですけど…」

「教えてください。お願いします」

笹川は立ち上がり陣内に頭を下げる。

「いや、やめてくださいよ。笹川さん。えーと、僕の個人的な考えでいいですか?」

「もちろんです。」

「2つあります。」

「え、2つ。」

「はい。1つは、元祖千代町娘、という名前です。越後屋さんはたぴおか飲料の時と同じように先行しているモノの認知をうまく使おうとしました。

それ自体は良い戦略だと思います。効率的だし。」

「私もそう思います。」

「ただ、たぴおか飲料みたいなものと違い、愛獲留はどのくらいその愛獲留に思い入れができるか、というのが肝だと思うんですよ。」

「はい。」

「ということで言うと、自分の好きな愛獲留が実は元祖といっているけど、そうじゃなくて二番煎じっていうのは、ちょっとがっかりじゃないですか?」

「元祖が悪い…と」

「ま、本当に元祖ならいいですけど、笹川さんも知っての通り、本当は元祖じゃないですからね。愛獲留好きの親衛隊の人達はすぐに分かりますよ。」

「…なるほど。」

「あとは…大人の女性ってぽいところです。」

「え?大人の女性じゃダメなんですか?」

「これは好き嫌いあると思いますが、長く、広く好かれる愛獲留に限って言えば、

僕は色気よりも元気や親近感だと思います。

高嶺の花もダメだし、女性を売りにしているのは、女性客が付かない。

子供もそういう風になりたいと思わないから、上手くいっても2~3年で人気が出なくなる可能性がありますよ。」

「なるほど。だから、千代町舞踏教室をやってるんですね。」

「そうですね。やってる、というよりやっていけるのは、そういう千代町娘にあこがれる子供たちのお陰ですよ」

「…すごいな。やっぱり、陣内さんは。」

「いや、それほどでもないんですけど…。笹川さん、いい機会ですよ。

千代町娘に戻ってきませんか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る