第35話 かわら版

越後屋の主人、桂大四郎は今日も日が昇るころに目が覚めた。

歳をとってから、遅く起きることはほとんどなくなった。

それでも起きたては、少し眠いもので、普段は布団の上ですこしくつろいでから

ようやく起きだす。

しかし、今日はそうではなかった。

昨日の元祖千代町娘の公演が上手くいき、気分もスッキリと起き上がることが出来た。

「こりゃ、また健康になってしまうのぉ」

朝日を浴びる店の前の参道に立ちながら、そう独り言ちた。

桂がそう思うほど、昨日の舞台は良かった。

観客は皆喜び、叫んでいた。

帰り際には、次はいつなんだ、とかすぐにまた来たい、というような話も聞いた。

今回はほとんど招待客だったから、儲かりはしなかったが、

この調子ならすぐにどんどん儲かるだろう。

本当に俺は商売の天才だ。

あまり儲かりすぎちゃうと金を使う暇が無くて困るな。

思わずにんまりとにやけてしまう。

桂は昨日のことをまた思い出していた。

昨日はあの千代町娘の連中が途中で出ていったな。

あいつらは、きっとウチの元祖千代町娘を見て、自分たちがいかに未熟か知ったのだろう。

そりゃ、そうだ。

あんなお子様の踊りじゃなくて、こっちは大人の女の踊りだからな。

そういう踊りじゃないと男は盛り上がらないのだ。

あの陣内という男も、その位分からんのかの?

あいつもしかしたら、男色家かもしれんな。

だから、そういうことに疎いのかもしれん。

うむ、きっとそうだ。そうにちがいない。

そんな勝手な想像をしていると

かわら版をもっった男がやってきた。

「おはようございます。ご主人、かわら版です」

「おぉ、今日は早いな。ありがとうよ。」

さて、何かいい話でも載ってるか? 

ウチの元祖千代町娘もかわら版に載る位になるといいけどな。

え~と、何ぃ?

裏参道の名前が決まっただと?

そう、かわら版には裏参道の名前が決まった。との記事が大きく載っている。

『「裏参道、千代町参道と命名。」 長く参道として使われていた街道が、表の参道整備により、裏参道として扱われていた。しかしながら、地元の人々の要請によりこの度、「千代町参道」として、改めて命名され、参道として整備されることが、奉行所の決定により決まった。』

なんじゃい。裏参道は裏参道でよかったのじゃ。

千代町参道なんて偉そうに。

そう思って記事を見ていた桂はさらに驚く。

その記事の下に

『千代町娘親衛隊 「千代町賛同隊」募集

 千代町娘をあなたも応援しませんか。この度千代町参道の命名と時期を同じくして誕生した「千代町賛同隊」 

千代町を一緒に盛り上げたい方を募集します。

お申込みは千代町参道の「千代町賛同隊」取り扱い各店まで』

なんじゃ、これは。

「おい、かわら版」

桂は慌てて走り去ろうとしていたかわら版の配達人を呼び止める。

「はい、何でしょう?」

「この記事は何じゃ?」

「それは、裏参道に名前を付けた、という話で」

「そんなことは分かっておる。この下の文じゃ」

「あぁ、それですか?それは広告とかいうものです。」

「広告?なんじゃそりゃ。こんなものを載せてもいいのか?」

「へい。ウチの大将が決めたみたいです。お金を貰って、枠を売ってるんです。」

「記事との区別がつかんじゃないか、記事を金で売るってことか?」

「いえいえ、何でも記事の部分としっかり分けることで、公正さを失わない、とかで」

確かによく見ると、記事と広告の部分で、線がひっぱってある。

「こんなもの、いつからやっているのだ!」

「へぃ、今回からだそうです。この千代町娘の方が、ウチの大将に話したらしく」

「な、なにぃ」


 * * *


「おい、陣内さん。かわら版、見たスか?」

「あれ?八兵衛さん、かわら版なんて読むんですか?」

「普段は読まねぇスが、皆が千代町娘が載ってるっていうスから。」

「あぁ、なるほどね。」

「あれ、陣内さんが仕掛けたスか?」

「そんな仕掛けた、ってほどじゃないよ。」

「どうやったんスか」

「以前、かわら版にたぴおか飲料を取り扱って記事にしてほしい、って言ったら、

記事は公明正大なもので、そんな訳の分からないものは載せられない、って言われたんだ」

「だったら、今回も無理じゃねスか」

「いや、かわら版をよく見てよ。

裏参道を千代町参道にする、っていうのは、この街で暮らす人にとって重要な公の話だよ。

だから、かわら版の記事にする必要がある、と判断してもらえたんだ。」

「なるほど。」

「ただ、それだけだと千代町娘の話にならないから、何とか宣伝できる方法がないか、と思って、記事の下に広告枠を設けてくれないか、って言ったんですよ。」

「こうこくわく?スか」

「うん、つまり営業的な記事のことだね。ただ、公の内容とは違うことが分かるように、ここで線を引っ張ってもらっているんだ。」

僕はかわら版を見せながら説明する。

「そうすることで記事と広告をしっかり分ける、ってことがかわら版の大将に

理解してもらって、了承してもらったんだ。」

「なるほどスな。」

「それで、やはり昨日、元祖の方の公演があったから、あっちじゃなくて

こっちが本物だよ、ってことを知らしめるために、今日のかわら版にしてもらったんだ」

「そういう日にちとかが大事なんスか」

「そう。それに広告だけの単発な話じゃなくて、上の記事と連動するように親衛隊の名前を「千代町賛同」にして、参道と賛同をかけてみたんだ。どうかな?」

「その辺の言葉の才能はあんまり感じないスね。」

あ、そう?

「ちなみにこの広告ってやつのことは陣内さんの発案ってことスか?」

「発案かなぁ?」

そうかもしれないな。

えー、実は江戸で初の広告なのかな。

あーそれなら「広告」じゃなくて英語でアドバタイジングっていう名前にしても

よかったなぁ。

そうすると黒船来航の時にビックリするよね。

え、広告のことは日本もアドバタイジングというのか、なんて。

あ、江戸時代だから

エドバタイジング、の方がいいか。なんちゃって。


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