第34話 ライバルの初公演

ついに「元祖千代町娘」の公演日がやってきた。

僕も八兵衛さんも松尾さんも、そして千代町娘の5人も当然見に行くことにした。

「どんな踊りかしら。」

「そうだなぁ、笹川さんがついてるから、それなりには仕上がってると思うよ。」

「そうかぁ。わかんねぇよ、そんなの。あいつぁ、別に踊りの仕事をしてるわけじゃねぇ。蕎麦職人だからな。ほんとは」

「で、でも、ず、ずっと、ぼ、僕らと一緒に、い、いたんだから」

「そうねぇ」

「ま、見てみましょうよ」

「そう、そう見ればわかるわよ。」

自分たちが出る訳でもないのにドキドキしながら、越後屋の芝居小屋に向かった。

芝居小屋は神社のすぐ近くにある。

場所的にはかなりいい場所だろう。

入口には「元祖千代町娘 初日公演」ののぼりが立つ。

その横には畳1枚ほどありそうな、大きい絵が飾ってある。

恐らく元祖千代町娘の面々であろう10人の娘の絵だ。

「こ、この絵は、も、もしかして」

「もしかしなくても、時太郎の絵だ。」

越後屋に言われて、時太郎が元祖千代町娘の絵を描いたのだろう。

もともと越後屋の丁稚だったのだから、当たり前のことだ。

「うまいね。相変わらず。」

「しかも、随分大きい絵。」

「10人もいるよ。」

「えー、すごい」

僕らが絵の前に固まっていると

「おや、皆さん、勢ぞろいで。いらっしゃい。」

振り返ると越後屋の主人がいた。

「たっぷり見ていってくださいよ。うちの元祖千代町娘。」

「へ、何が元祖だ。泥棒野郎。」

「おやおや、相変わらず口が悪いねぇ、八兵衛さんは。

娘さん達もこちらの方が良ければ、いつでもウチに来て良いんだよ。

あ、ただ笹川の面接があるけどな。な、笹川。」

そうやって越後屋が右を見ると、入り口の影に笹川さんがいた。

笹川さんは、僕らに黙礼をする。

僕は、笹川さんと越後屋に向かって

「本日は初日、おめでとうございます。今日は楽しませてもらいます」と言いながら中に入った。

越後屋の主人は「フン」と軽く、鼻を膨らませた。


ドドン、と太鼓の音から舞台が始まった。

10人という人数はやはり壮観だ。

5人のシンクロでは出せない迫力がある。

「すごいね。」

清たちも舞台に見入ってる。

自分たちと比べるのだから、真剣そのものだ。

確かに千代町娘に対抗しようとして急ごしらえで作ったにしては、

よく出来ている。

ただ、10人もいると、やはり踊りが合わない時も出てくる。

そして、歌もズレているのが分かる。

可愛くない娘もいる。

なんて、一所懸命悪いところを探しているが、

正直にいえば、かなり良く出来てる。

これは…、ヤバい。

僕以外のメンバーもそう感じたようだ。

やるな、笹川さん。

千代町娘と大きく違う点が一つ。

それは、お色気要素が結構入っている。

胸元が見えそうに肩まで落とした着物や、途中途中で着物から見え隠れする

美脚など。

観客のほとんどが男性なのだから、それも悪くないのかもしれないが、

千代町娘が最初から健全路線を目指したのに対して、かなり過激な感じだ。

喫茶店とキャバクラくらい違うか。

ん?よくわからん。

しかし、アイドルっていうのは、キャバクラのお姉ちゃんと違うので過激になったからと言って、男性のハートをつかめるものではないのだよ。

ほら、ウチの男性陣だって…

あれ?八兵衛さん?目がハートですよ。松尾さんも、そんなかぶりつかなくても。

「ちょっと、二人とも」

「あ、ああ何スか?」

「何スか?じゃないですよ。何を見入ってるんですか?」

「いや、そんな、見入ってないスよ。調査スよ、調査。」

「そ、そうですよ。じ、陣内さん。」

へぇー、そうですか。

「大体、分かりました。行きましょう。」

僕が立ち上がると、千代町娘の5人も立ち上がる。

「え、もういくスか?」

名残おしそうな八兵衛さんを置いて、ずんずんと出口に進む。

出口には越後屋の主人がいる。

「おや、もうしっぽを巻いてお帰りですか。またのお越しをお待ちしておりますよ。ひゃははは。」

どうすると、こういう下品な笑い方ができるのかね。

「失礼します。」

丁寧にお辞儀をして、僕は出ていった。

「陣内さん。」

清が何かに取りつかれたような顔で言う。

「あたしたち、もう少し、足を出したり、色気を出したりしてもいいよ。」

「そうよ。あのくらい、私達だって出来るわ。」

何を血迷ってるのか?

「え、そうなの? じゃ、やってもらおうかな」

僕はワザとそういった。

「頑張ります。」

清たち5人は鼻息を荒くする。

「冗談だよ。そんなことする必要ないよ。」

「え?だって、男の人はやっぱりああいう踊りとか恰好の方がいいんじゃないの?」

「そういう人もいるよ。例えばそこの人とか。」

僕は八兵衛さんを指さす。

「え、あっし?あっしは全く興味ないっス。千代町娘一筋っス」

嘘っぽい。

「でも、もう少し何とかしないと…。」

「大丈夫だよ。きっと。ちょっと様子を見よう。」

僕はこの時何故だか、すこし自信を持ってそう応えた。



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