第31話 元祖、再び

僕は息の上がった二人を置いて、越後屋のいる表参道の方に走っていった。

表参道の越後屋の水茶屋には、でっかいのぼりが立っていた。

そこには案の定、こう書いてあった。

『愛獲留、元祖千代町娘、初公演真近!』

元祖千代町娘…

「はぁはぁ、み、見たかい?が、元祖とか、い、言っちゃってるんだ」

追いついた松尾さんが、忌々しそうに、のぼりを指さす。

「はぁはぁ、ぜいぜいぜい」

八兵衛さんが息が上がったまま、のぼりをにらむ。

すると、そこに越後屋の主人の桂がちょうど店から出てきた。

「おや、お三人さん、お揃いで。」

「おい、元祖千代町娘ってなんだ?」

僕はちょっとしたデ・ジャヴを感じながらそう言った。

「え、元祖っていうのを知らないのかい?初めて始めた、って意味だよ」

「こ、こらぁ、が、元祖は、う、うちの千代町、む、娘だぞ」

「え、何だい?よく聞き取れないな。元祖っていうのは、な、

元祖、って言ったもんが元祖なんだよ。」

「汚ねぇぞ、越後屋ぁ」

ようやく息が整ったのか、八兵衛さんが吠える。

「何が汚いもんか。勝手にウチの丁稚に絵を描かせていたくせに」

う、それを言われると…

「まぁ、良いわ。あたしゃ心が広いから、そんなことは気にしないよ。

どうぞ、今度元祖千代町娘の初舞台を観に来ておくんな。」

「越後屋、千代町娘はな、愛獲留を知らない、お前なんかに出来るようなもんじゃねぇぞ。

団子屋の品書きをちょろっとマネするのとは訳が違うんだからな!」

八兵衛さんがちょっと気に障る言い方をするが、その通りだ。

どうやってやるつもりなのか。ノウハウもないのに。

「ふん。知見、っていうのはね、自分でもってなかったら持ってくりゃいいのさ。それが経営者ってもんよ。」

え、知見を持ってくる?

「おい、3人に挨拶くらいしときな」

越後屋が水茶屋の奥に向かって叫ぶと、見慣れた男性が一人出てきた。

「…笹川さん」


 * * *


「笹川の野郎ぉ、あいつ、裏切りやがってよぉ」

八兵衛さんが芝居小屋で大声で叫ぶ。

僕らは3人は越後屋で笹川さんと会った。

笹川さんはやや肩身が狭そうに立ったまま、僕らに何も言わずお辞儀をした。

笹川さんは勤めていた蕎麦屋から越後屋に移籍をさせられた。蕎麦屋は笹川さんを出す条件、見返りとして、表参道に新しい店を貰ったのだ。

そして笹川さんは、愛獲留のノウハウをもって、新しい千代町娘、つまり

「元祖千代町娘」のプロデュースをすることになったという訳だ。

知見は無ければ持ってくる。まさに正しい経営者だ。敵ながらあっぱれ。

なんて言ってる場合ではない。

時太郎は元々越後屋の丁稚だ。

そこに笹川さんが加わったのだから、越後屋は千代町娘のビジネスモデルを

踏襲することは出来るに違いない。

うーむ。

またまた手を打つ必要があるな。

「おい、陣内さん、何か手を打たないと」

分かってるって。

「よし!」

「お、何か、いい案があるのかい?」

八兵衛さんが身を乗り出す。

松尾さんも、期待のまなざしだ。

「ファンクラブを作りましょう!」

「え、何?不安な蔵?」

「あ、いやいや、えーと親衛隊です。千代町娘の親衛隊を組織しましょう。」

「何だ?親衛隊って?」

「要は自分は千代町娘の親衛隊ですって、名乗らせるんですよ。これまで千代町娘を見に来てくれた人に。」

「し、親衛隊を、つ、つくると、何か、い、良いことがあるんですか?」

「はい。簡単に言えば、顧客の囲い込みです。」

「か、囲い込み?」

「そうです。親衛隊にならないと受けれない特典を作るんです。

例えば、千代町娘の握手会。そうすれば、千代町娘と握手するには親衛隊に入らないといけない。」

「うん。それで」

「はい。そうやって親衛隊に入った人が、元祖千代町娘の贔屓客にはならないと思うんです。」

「なるほど、つまり、自分は千代町娘の贔屓客ですって、本人に言わせるってことだな。」

「そうです。我々が公に認めないと親衛隊に入れない、というようにするんです。」

「いいな。公認の親衛隊以外は親衛隊と認めない、ってことだな。」

「そ、それで、がん、元祖の方に勝てますかね?」

「勝てると思います。ただ、親衛隊の人数が重要ですけど。」

「そうと分かれば、まずは握手会の準備だな。」

「親衛隊の入会申し込みの準備もしないといけません。」

「ち、千代町、む、娘にも言わないと、い、いけないな。」

「それでは、準備していきましょう!」

「おー」

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