第30話 思わぬ展開

「おい、清、少し休んでこい」

団子屋でじいちゃんの手伝いしても、考え事ばかりして、失敗ばかりしていたら、

じいちゃんから、言われちゃった。

「はい」

気晴らしをしようと思っても、やっぱり葵ちゃんのことを考えてしまう。

私が陰口を言ったわけじゃない。でも、いつもなら、ああいう陰口を言う人をたしなめることが出来たのに、あの時は、ちょっとできなかった。

何でだろう。

ぼーっと歩いていたら、芝居小屋についた。

「踊りの練習でもしよう」自分に言い聞かせるように独り言ちし、

小屋に入った。

一番苦手な早い動きの振り付けにしよう。

その方があんまり色々考えない。

一、二、一、二、三~

ここでくるっと。

一、二、一、二、三~。

「うまい、うまい」

手を叩く人がいる。

え、葵ちゃん。

「うまいじゃない、清ちゃん。いつもそのくるっと回るの苦手なのに」

「うん、葵ちゃん、どうしたの?」

「ちょっと考えごとしてたら、小屋についちゃった。」

「あら、私も。」

「え、そうなの、清ちゃんも。」

二人で、ケラケラと笑った。

「葵ちゃん、私、謝らないといけないことがあるの」

「みんなで私のことを言ってたことなら、いいわよ。」

「…やっぱり聞いてたんだ」

「うん。でも、いいの。私だって、他人のことを悪くいうことあるし、

ちょっと張り切りすぎていたのは、ホントのことだし。」

「ううん。張り切るっていうか、千代町娘のことを一生懸命考えてくれたのは

ありがたいよ。」

「清ちゃんだって、いつも千代町娘のことを考えてるじゃない。」

「そんなことないけど。」

「清ちゃんは、それより、私が陣内さんに色々と言うのが嫌だったんじゃないの?」

「え?」

「だって、清ちゃん、陣内さんのこと好きでしょ?」

え、そんなこと… あれ、そんなことある? ううん、ないない。

 ない? あるのかな?

「ね、だから、私が千代町娘のことを色々と陣内さんに言うのが気になったんじゃない?

私、それに気づいたのよ。だから、今回のことはあんまり気にならないわ。

だって好きな人に他の人が色々と言ってきたら、やっぱり嫌だもん。ごめんね。」

「え、いや、ごめんなんて。」

あれ?私なんて言えばいいのかな。

「実は私、縁談が来たの。」

「縁談?」

「そう、だから、大丈夫よ、清ちゃん。」

大丈夫って

「え、千代町娘はどうするの?」

「どうしようかなぁ。結婚してる愛獲留っているのかしらね」

えー、わかんないけど。

千代町娘、ぜんぜん危機のままじゃない。


 * * *


清が葵に会っていたとは知らずに、僕は河原で内輪もめを避ける方法を考えていた。

そして一つの考えを思いついた。

それは、「新人加入」。

新人を加え、教えていくことで自分たちの立ち位置やスキルを見直すきっかけに

なると思う。

簡単にいえば、部活で新人に教えると、先輩としての自覚が芽生える、みたいなもんだ。

ただ、これはもしかすると更なる内輪もめを誘発する可能性もある。

誰の言うことを一番に聞く、とか聞かないとか。

僕がサッカー部に入った時の先輩もそう言ってたな。

アイツの言うことじゃなく、俺の言うことを聞け、って。

しかもそれを二人の先輩から別々に言われる後輩の身にもなってみろ。

どっちの言うことを聞けばいいんだ。

あれ、ワザとやってたんじゃないかな。

だけど、千代町娘を続けさせるには、新人加入はいつかはやらないといけないし、今回は、葵の卒業が見えているから、新人を募集するしかないよな。

ホントに今が良いのかは分からないけど。

どうやってやろうかな。

問題は、葵が辞めることを皆に言えないことだな。

それにいきなり新人を募集する、っていえば、葵だって、

もう後釜を探すんだ、っていい気がしないかもしれないかも。

そういえば、八兵衛さんにも新人を募集するときは必ず教えてくれ、とか言われてたな。

ある程度身内枠みたいなのも必要なのかな。

いや、大体そんなに千代町娘になりたい人がいるのかすら、よくわからない。

もお、悩ましいことだらけだ。

何でこんなに悩まないといけないんだ、プロデューサーは。

仕方ない。

まずは八兵衛さんと松尾さんと相談して、ポスターとかビラとか作ろう。

僕は団子屋からいつも八兵衛がたむろしている貸本屋の方に歩き出した。

すると、八兵衛さんと松尾さんが二人で走ってやってくる。

あら?随分とタイミングがいい。

まとめて話しちゃお。

「はぁはぁ、じ、陣内さん、はぁはぁ」すごい勢いで走ってきたのか、

松尾さんは息が上がっている。

「ああ、松尾さん、こんにちは。落ち着いて、人力車の引手もそんなに息があがるんだね。」

そうこうしてると八兵衛さんがようやく追いついて、やってきた。

「はぁはぁ、ぜいぜい」こちらは言葉にならないようだ。

「はぁ、じ、陣内さん、た、大変だよ。」

「ん、どうしたんですか?」

「さ、笹川さんが、さ、笹川さんが、え、越後屋で」

「え、笹川さん?」

「そ、そう、え、越後屋で」

あぁ、まどろっこしい。八兵衛さんはどうだ。

「はぁはぁ、ぜいぜいぜい」

ダメだな、こりゃ。

「えーと笹川さんが越後屋でどうしたんですか?」

「う、うん、え、越後屋で、あ、あいどる、を」

「アイドル?」

「あ、愛獲留だよ、愛獲留を始めたんだ」

えー、笹川さんが、越後屋で愛獲留を?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る