第27話 黒い影

「え、じゃぁ、本当はお金の不満じゃないの?」

葵のお父さんが帰ったあと、私は陣内さんに団子屋の裏で話した。

「だと、思う。」

「じゃ、何なの?」

「それは…」

それは、ちょっと言いづらい。

皆で葵ちゃんの陰口を話していて、それを本人が聞いたんじゃないか、とか。

でも言わない訳には、いかないもんね。

仕方なく私は陣内さんに、先日の芝居小屋での話をした。

「なるほどね。そういうこと。まぁ、女子のグループではよくある

話ではあるよね。」

陣内さんは腕を組んで宙を見る。

「ぐるうぷ?」

「あ、えーと、集団。小さい集団のことね。

えーと、つまり、葵ちゃんは他の4人が自分のことを悪く言っているのを聞いてしまった。

そしてそれを父親が感づいて、千代町娘をやめさせようと思っている、

ということなんだね。」

「恐らく、そうじゃないかと私は思うのよ。」

「まぁ、そんなところだね。」

「どうしよう?」

「うーん。でも何とも出来ないよね。こういうのって。」

「え?そうなの?何とかしてくれないの?」

「無理無理。僕なんかが仲裁に入ったら、余計こじれるじゃない。

それこそ、千代町娘は崩壊だよ。」

「じゃ、どうするの?」

「うーん。葵ちゃんには辞めてもらおうか。」

「そんな。」

「でも、皆はそれの方がいいと思って、話してたんじゃないの?」

「そこまでは…考えてなかった、と思う。」

「大体いじめの構図とはそういうもんだね。やってる方は軽く、やられる方は重く受け止める。」

「…。」

「仕方無い。本人と話してみるよ。」

「え、どういう風に」

「まずはお父さんが来て、お金をもっと寄こせって言った、っていうしかないね。」

「それから?」

「それからは… まだ、考え中」

そう言って、陣内さんは団子屋を出て行ってしまった。

私はその背中を見ているしかできなかった。

どうしてあの時、あんな話になってしまったんだろう。

せっかく千代町娘が軌道に乗ってきたのに。

悔やんでも悔やみきれない、とはこのことだ。


 * * *


僕は清から話を聞いて、すぐに葵のところに行こうと思い、隣町の方に

歩いていた。

すると、通りの向こうから、記憶にあるシルエットが近づいてきた。

葵だ。

「よお。ちょうど葵の家に行こうと思ってたんだよ。」

「私も陣内さんに話があって来ました。」

葵は少しだけ伏目がちに言う。

「そうなんだ。お父さんのことかな?」

「はい。父が陣内さんに失礼なことを言ったみたいで。」

「別に失礼なことは言われていないよ、髪の毛が薄いとかさ。」

「そういうんじゃありません。千代町娘で儲かった金額をもっと寄こせ、みたいなことをいったんじゃありませんか?」

「まぁ、そういう表現ではなかったけど、もっと千代町娘が売れてもいいんじゃないか、とは言っていたよ。」

僕はさりげなく、葵の父親の言葉の解釈を大きく変えて言ってみた。

「そうですか。そうなら良いんですけど。 もし、そうじゃなくて、

千代町娘の儲けを自分にもっと寄こせというようなことを言ったのであれば、私、大変恥ずかしくて。

そんな話があっても、陣内さん、聞かないでくださいね。」

「ははは。そんな話じゃなかったよ。それにそんな話だったら、僕は聞く耳持てないよ。何てったって、お金はないからね。団子屋の居候なんだから。」

僕はおどけて、オーバーアクションで応える。

ようやく葵はほっとした表情で、少しだけ微笑む。

「よかった、それなら。 じゃ、私帰ります。」

「あぁ。また練習日にな。」

「ハイ。では失礼します。」

葵は丁寧に腰を曲げて挨拶をし、踵を返した。

僕は手を振りながら、別れた。

「でも、これでは終わらないよなぁ。何の解決にもなってないし。」

僕は独り言ちながら、来た道を戻り、団子屋に向かった。

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