第23話 時太郎のプレゼント

越後屋が謎の暗躍をしていることなど全く気付かず、僕は反物屋の小春のお父さんと千代町娘の衣装について話していた。

この時代の普段着は当たり前だが着物だ。

着物を少しだけアレンジして、アイドルっぽくしたい。

とはいえ、あまりにも普段の服とかけ離れるとそれは「会いにいけるアイドル」よりも「手に届かないアイドル」になってしまう。

その微妙な加減が難しい。

小春のお父さんによると着物の上に羽織る、羽織が流行を受けやすいそうだ。

後はやはり手ぬぐいが庶民のお洒落に欠かせないらしい。

その二つを少しだけアレンジすることにした。

今の羽織は少しだけ着物より短いのが流行りだそうだ。

重ね着感が強く出るのだろう。

思い切って更に短くしてみようということになった。

小春のお父さんが言うには

「極端に短くしたことはあんまりないから、珍しいかもしれんな。」

ということだ。

更に手ぬぐいはもっとアレンジをしても良いようだ。

「色とか柄とかもっと派手でもいいですかね?」

僕が聞いていると小春がやってきた。

「どう?衣装決まった?」

「あぁ、お父さんがいろんな考えや意見を出してくれたからね。」

そう言うと小春が、思い出したように

「そういえば、随分前に葵ちゃんが、5人の個性をもっと分かりやすく出した方が

いいんじゃないかって言ってた。」

「葵が?」

「そうそう。例えば、小春だったら桜色の手ぬぐいをいつも使うとか、色を決めたらいいんじゃない?って言ってたよ」

おぉ、すばらしいじゃないか。

まさに週末ヒロイン的考えだ。

「いいね。いい考えだと思うよ。どうですかお父さん?」

「うん、分かりやすいし、着物との調和もとりやすいかもな。」

「あれ?清ちゃんに陣内さんに聞いてくれるように、葵ちゃん言ってたけど

陣内さん聞いてないの?」

え、聞いてないな。

清がいい忘れたのかな?

あとで清に聞いてみよう、そう思っていたのだが

結局僕もそれを忘れてしまった。


 * * *


ある日、時太郎が団子屋にやってきた。

明らかにいつもと様子が違う。

顔が赤くはれて、目も涙で濡れた後がある。

そして団子屋の前でじっと立ち、こうべを垂れている。

「どうした、時太郎?」

僕が聞いても、下を向いたままだ。

手の平をぐっと握りしめ、何かを我慢しているように立ち尽くしている。

「何かあったのか?」

僕がもう一度聞くと、ようやく時太郎は顔を上げた。

「おいら、もう、千代町娘の絵を描けなくなった。」

え?

僕は時太郎の言った意味がよく分からなかった。

「手をケガでもしたのか?」

「…いいや、そういうんじゃ、無いんだ。

越後屋のご主人様に、おいらが千代町娘の絵を描いているのがバレて…」

それで怒られたって訳か。

「おいら、仕事中にサボって描いたりしたことは無ぇ。

いつも奉公が終わってから、寝る前とかの時間に描いていたんだ。

でも…、ご主人様は千代町娘に関わること自体、許さないって。」

それは確かにそうだろう。

自分の表参道の客を取ろうっていう、裏参道の旗頭である千代町娘の片棒を

自分のところの丁稚が担いでるんだ。頭に来るのはよくわかる。

でも、そうは言っても子供がやることじゃないか。

子供の夢とか、そういうのもひっくるめて、丁稚を育てるのが主人の、大人の、

役割じゃないのか。

「よし、時太郎、俺が越後屋にガツンと言ってやる」

「やめておくれよ。もういいんだ。」

「よかない。お前は絵の才能があるんだ。それを、潰すのは越後屋でも許されない。」

おぉ、我ながらいいセリフだ。

これなら、自分の都合で時太郎に絵を描かせた、って感じもないじゃないか。

よし、これを越後屋にバンっとぶつけてやる。

「いいか、時太郎、大人には子供を育てる責任があるんだ。お前の才能を伸ばしてやる責任があるんだ。」

僕は気持ちよく言い放った。

きっと時太郎も感動してくれるはず。

「越後屋のご主人様もそう言ってくれた。」

え?越後屋も?

「うん。だから、おいら絵を描くのは続けられるんだ。ただ、千代町娘はもう描けないんだ。」

「じゃ、これからは何を描くんだ?」

「…越後屋の看板娘」

へ、そういうこと。

そう来たか、越後屋。

…やるな。

「でも、おいら陰ながら千代町娘を応援しているよ。」

陰ながらね。

「これまでありがとうございました。」

そう言って、深々と御礼をした後に、時太郎は手ぬぐいでしばった荷物を差し出す。

「これ、借りていた絵の道具。」

「いや、いいんだよ、これはお前にあげたものだし。」

「大丈夫です。越後屋さんが新しいのを買ってくれるって言ってたし。」

あ、そう。

「本当にありがとうございました。」

もう一度、頭を下げ、そして荷物を僕の胸に押し付けると

時太郎は踵を返し、そのまま走り出していった。

僕は時太郎を見送りながら、正直がっかりしていた。

あーあ、こりゃ、まいったな。

時太郎が居ないと千代町娘の絵は描けない。

つまり、千代町娘のブロマイドにあたる絵が出来ない、

折角のビジネススキームが、元の木阿弥だ。

そう思って、時太郎から渡された荷物を持ち上げる。

ん?

こんな重かったっけ?

しばってあった手ぬぐいを広げてみる。

そこには、僕が買い与えた絵の道具と、何枚もの版画の版があった。

千代町娘の版画だ。

しかも重版で色を重ねていくように、1人の絵に対して、何枚もの版がある。

色の見本もそれぞれの版についている。

この見本通り刷っていけば、美しい千代町娘の版画が出来上がるのであろう。

「すごいね、それ。」

いつの間にか横に来ていた清が言う。

確かにすごい。さすがの時太郎もこれを作るのは大変だったであろう。

最後の贈り物としては最高だ。

ありがとう。時太郎。


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