第22話 越後屋の暗躍

ガラリ、と扉があく。

笹川は反射的に「いらっしゃいませ」と威勢よく声を出した。

客は男性が3人。

その中に見知った顔がある。

越後屋の主人、桂だ。

もちろん、笹川の働いている蕎麦屋は会員制でも何でもない、

町の蕎麦屋なので、誰がきても構わない。

しかし、越後屋が表参道に店を構えてから、笹川の蕎麦屋に来たことは

恐らくない。

その証拠に、桂も店の内装を初めて見るといったように、ぐるりと一回り確認してから席についた。

越後屋であろうが、客は客だ。

そう思い、笹川は越後屋の席に品書きを出す。

「何に致しますか?」

「天ざる3つ。」

品書きも見ずに桂は注文する。

一瞬「品切れです」と言ってやろうかと思ったが、後で店の大将に怒られても

しょうがない。

笹川は「へい」と小さく返事をして、品書きを下げた。

しばらくして、天ざるが出てきた。

天ぷらの海老は江戸前で大振りだ。

「お待ちどうさま」

笹川は渡しながら、3人の反応を見る。

主人以外の2人は海老の大きさに心持喜んでいるのが目にとれる。

食べだすと更に天ぷらの熱さと油のうま味、さらに海老の歯ごたえを感じたようで

顔に美味いと大きく書いてある。

どんなもんだ、と笹川は自分が作ったのではないのに、嬉しく誇らしげに3人を見ていた。

やがて3人は食べ終わると、桂が笹川に言った。

「ちょっと大将を呼んでくれるか?」

なに?大将を。

いや、他のお客さんもいるので忙しい、と言って断ろうかと思ったのだが、

ちょうど昼時も過ぎ、客はこの3人だけだ。

仕方なく、大将を呼びに行く。

「大将、越後屋の主人が大将をお呼びで。」

「なに?てめぇ、何かご迷惑かけたんじゃねぇだろうな。」

「あっしは、何もしておりゃせん。」

「ふん。なら、何で俺が呼ばれるんだ」とやや不機嫌な顔を隠さず

越後屋の前に立つ。

越後屋もすくっと立ち、それに合わせて、御付きの2人も立ち上がる。

それを合図のように桂は

「ちょっと内密に話したいのだが」と笹川の方を見る。

ここから離れろということか。

笹川が大将を見ると、大将もうなずいてる。

笹川は仕方なく、店から外に出た。

外にでると中の声は聞こえない。

越後屋の野郎、大将に何はなしてやがんだ。

蕎麦に虫でも入っていた、とか言いが掛かりをつけるつもりじゃないだろうな。

そんなことになったら、タダじゃ置かねぇぞ。

そんなことを考えていると、ガラリと店の扉があき、越後屋達3人が出てきた。

「ごちそうさん」

桂はポンと笹川の肩を叩いてすれ違う。

思わず、「ありがとうございました」と口をついてしまった。

商売人の職業病みたいなもんだな。

と笹川はちょっと悔しく思った。

店の中に入ると、大将がニコニコしている。

「どうしたんですか?大将」

「あぁ、越後屋さんがな、お前を雇いたいそうだ。」

「え、あっしを越後屋が雇う?」

「そうだ。給金は今の倍出すと。」

「え、倍?」

そんな金額を。何かの間違いじゃないのか?

笹川はそんな展開になることの心当たりがない。

「それにな」

「はい、まだ有るんですか?」

「あぁ。この店を表参道に移転してくれるそうだ。」

「え?」

「表参道で蕎麦屋ができるんだ。しかも移転費用とかは越後屋さんが

出すそうだ。」

そんな話が。

「そんないい話があると思うか?それもこれもお前が越後屋の店に行ってくれるだけでいいんだ。いいだろう?」

「あ、はい…」

「いやぁ、お前は見所がある、と思っていたが、それを越後屋さんがしっかり見ていた、とは思わなかったなぁ。頑張れよ。」

「あ、はい。」

越後屋は何を考えているのか?

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