第21話 コラボ商品
千代町娘の認知が上がり、人気も上がってくると、色々な話が舞い込んでくるようになった。
ある日、僕が団子屋で八兵衛と話していると
「あんたが陣内さんかい?」
と声を掛けてくる男がいる。声を掛けてきた男の後ろには恰幅のいい男がいる。
恐らくこの男が主人なんだろう。
「はい。陣内ですが、何か。」
「千代町娘を取り仕切っているんだよな。」
「はい。」
そう答えると、やはり後ろから恰幅のいい男が出てきた。
ありゃ、やくざとかじゃないよね。喧嘩は苦手よ。
「突然スミマセン、私、向町で造り酒屋をしている権藤といいます。
実は今度新しい吟醸酒を作り上げることに成功しましてね。」
お、お酒か。いいね。日本酒にはうるさいよ。僕は。
本当は関東の酒よりも新潟あたりの端麗辛口がいいんだけどなぁ。
「その新しい吟醸酒に、水上様のところの千代町娘の名前を付けたいのですが。」
え、そういう話?
タイアップってやつですな。
ネーミングライツっていうのかな?
「どういうお酒なんですか? 千代町娘のイメージに合うかどうかが分からないと何とも言えません。」
僕がそう言うと、
権藤はおい、と後ろの男に命じた。
言われた男は、へい、といって、陶器の徳利を持ってきた。
よく信楽焼の狸がもっている酒を入れる徳利だ。
「こちらをどうぞ。お味見をお願いしたい。」
といわれ、猪口を渡される。
いやぁ、団子屋で酒を飲む訳には、なんて思って横にいる八兵衛さんをみる。
すると横で八兵衛さんは既に猪口に酒を注いでもらっている。
しかも「あぁ、いっぱいね。いっぱいね」と一杯なのか、一杯欲しいのかわからないようなことを言ってる。
じゃ、しょうがないな。僕も一杯いただくか。
ゴクリ。
おぉ、ほのかな甘み。日本酒独特のにおいも少し控え目だ。
確かに千代町娘のイメージに合うような気がする。
「いいかもね。合うんじゃないの?千代町娘に。」と僕がいうと、
八兵衛さんも
「うん。悪くない。悪くないが、ちょっとアレだったかな。
うん、確認したいから、もう一杯いいかな。」
おっとっと、ともう一杯注いでもらう。
「ささ、先生も」
先生、あ、僕?
じゃ、お言葉に甘えて。
おっとっと。
ゴクリ。
うーん。いいね。まさに千代町娘だ。
「文句ないね。」僕がいうと
八兵衛さんも「うん。文句ない。」
「おぉ、良かった、良かった。お二人にそう言って頂いて。
では、この酒は置いていきます。細かいことはまた明日でも話しましょう。
では。」
と言って権藤は男たちを従え、団子屋を後にした。
そうなると、僕と八兵衛の間には徳利1つと猪口が2つ。
「前祝いですな」八兵衛さんが言う。
「何の?」
「そりゃ、もちろん、吟醸酒千代町娘に、でしょ。」
「そうだね。」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
僕らは二人でたらふく飲み、翌日、ものすごい二日酔いに悩まされたのであった。
* * *
その後、日本酒の千代町娘はある程度売れるとその売れ行きによって、手数料が
入るというマージン契約になった。
八兵衛さんは自分の勤めてる酒屋で大将に「今のうちに仕入れとかないと後で絶対なくなる。」とか何とか言って無理やり大量に仕入れさせた。
自分でも「売上貢献」といいつつ、毎日晩酌している。
いいんだか、悪いんだか。
笹川さんの蕎麦屋でも千代町娘を一番のおすすめにしてもらった。
こうして、千代町娘そのものもいろんな所で認知が上がり、芝居小屋でのライブも連日沢山の人が来るようになった。
それでも僕らは手を休めないように、千代町からほど近い町の祭りや賑やかし等で呼ばれることがあれば、積極的に参加した。
結局、彼女たちを一度でも見てもらうことが、芝居小屋への動員に最も効果がある、と分かってきたからだ。
芝居小屋の入場料はあまり高くは設定しておらず、比較的敷居が低い。
そして、来たお客の大半が買っていく団扇で少し多めの利益を出していた。
「団扇の他に何か売れるののがあるといいなぁ」
僕がつぶやくと、八兵衛さんが応える。
「そういえば、時太郎の絵を欲しがる人が多い、って聞くなぁ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。ただ、あれ彼女たちの家に一枚ずつしかないだろ。5人そろったやつは
芝居小屋にかざってあるし。だから、欲しいって言っても皆断っているって。」
そうなのだ。
いわゆるポスターサイズの大きい絵なので、定吉が描くのに一時間以上かかる。
特に葵の絵は2時間近くかかる。
あの絵を簡単に売る訳にはいかないし、団扇のような版画をまたつくる、っていうのもなぁ。
うーん写真があれば、ブロマイドみたいなのも出来たのに。
ん、ブロマイドか。
一度描いた絵なら、早く描けるのかな。
しかも小さい絵なら彩色も早いかも。
「ちょっと時太郎のところに行ってくる」
僕は越後屋に行き、主人の権藤やその取り巻きに見つからないように時太郎を探す。
幸い、入り口近くで掃除をしている。
「時太郎!」
「あ、陣内さん」
ひょこひょこと僕のところにやってきた。
「どうしたんですか?」
「頼みがあるんだけど、あの千代町娘の絵を、小さい紙にしたら、早く描けるものかな?」
時太郎は腕を組む。
「あー、どうかな?色を塗るのは早くなるけど、輪郭を描くのはそんなに変わらないかも」
「前に描いた通りに描けば、早く描けるのかい?」
「そうだね。早く描けたた方がいいの?」
「うん。早くというか沢山描いてほしいんだ。みんな欲しがってるからね。」
僕がそういうと、時太郎は嬉しそうだ。
「じゃ、おいら一生懸命描くよ。一日5枚くらいなら描けるから」
「そうかい、じゃ頼むな。」
こうして時太郎はハガキ大のメンバーの絵を沢山描いてくれた。
それが飛ぶように売れるのだ。
僕は絵や団扇の売上を参道の店に毎日集金にいく。
店の主人たちは本来売るべき商品を売るついでに売っていると、手数料がもらえるので、満足そうだ。
時太郎に絵を書いてくれる駄賃を渡し、団扇を作ってくれる咲のお父さんにも製作費を渡す。それでも僅かながら利益が残るので、それを団子屋に収める。
そんな風にうまく回り始めた。
皆がよろこんで千代町娘を応援してくれている。
僕はそのことに喜びを感じていた。
しかし、良いことというのは、やはり長く続かないようだ。
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