第20話 ノベルティグッズ
時太郎が愛の力を借りて描いた葵は、それはそれは美しく、素晴らしかった。
当然ながら他の4人からは「ちょっと葵ばかり上手く描きすぎじゃないの?」と
時太郎も詰め寄られてはいたが、
そこは、時太郎も自業自得なのだから、しょうがない。
僕は時太郎が描いた5人の絵を当初は芝居小屋に飾ろうと思っていた。
でも芝居小屋に来た人は、既に千代町娘を知ってるわけだ。
どちらかというと芝居小屋に来ない人に彼女たちを知らしめるために使いたい。
そして、それとは別に芝居小屋に来た人達の為にも、何かグッズを作ってあげたい。
ということで、僕は時太郎の絵をデッサンの段階で一度引き上げ、ある工房に渡すことにした。
そこは大工である五月の父親の仕事仲間で、主に建具とかを作っている、細かい作業を得意とする職人だった。
その職人に、時太郎の書いたデッサン、つまり着色前のものを渡し、その顔とその周辺部分だけを木片に彫ってもらった。
そう、版画の版を作ってもらったのだ。
この版を使い、グッズを作るのである。
ライブ会場で購入するグッズというポイントがあって、高すぎると売れないし、
更にいえば、家に帰ってしまい込まれるようなものも、実はあまりよくない。
出来れば、普段に使ったり、次のライブで使えるようなものが良い。
ということで、僕はメンバーの顔の版画入りうちわを作ることにしたのだ。
とはいえ、団扇をつくれるツテがある訳がないので、何となく部品が近そうな番傘屋である咲の両親にこういうものが作れるか?と聞いた。
すると、咲の父親が言った
「陣内さん、作れるか?というのは失礼な話です。
番傘で一番重要なのは良質の竹が取れるか、どうかです。うちわも同じ。
大体うちわ作りはウチの商売です。」
え、そうなんだ。
部品が近そう、とかそういう問題じゃなかった。
「いいじゃないですか、千代町娘のうちわ。作りましょう。」
そういって、それぞれの版画の版を見る。
当たり前だが、自分の娘である咲の版をことさらよく見た後、葵の版を見て
「この娘だけ随分べっぴんさんに作ってもらってるのお」と言った。
「ええ、これは作者の時太郎のひいきでして」という訳にもいかないので、
「あぁそうですか?僕は咲さんの方が上手く彫れていると思いますけど」というと
咲の父親は満足そうに「そうやな。」と言い、うちわの作成に入っていった。
こうして作り上げた、団扇はかなりの数になった。
メンバーが5種類と全員がそろった1種類。計6種類の団扇だ。
当初はライブ会場である芝居小屋で売ろうかと思っていたのだが、
売るのは人手がかかることもあり、参道で売ることにした。
清、小春、咲の家の団子屋や反物屋などの物を売る商売の店はもちろん、五月の家の大工などのように物を売らない商売をしている店でも全てのメンバーの団扇を売る。
隣町では葵の家だけで売っている、というような感じになった。
この作戦が成功した。
団扇を買いにファンが参道にやってくる。
当然ながらお目当てのメンバーの店から最初に売れていくのだが、それが売り切れると、参道の他の店に団扇を求めて人がくる。
つまり、清の団扇を買いに、咲の家の番傘屋にお客が買いまわるのだ。
そして、ライブにはその団扇を持ってファンがやってくる。
団扇を見れば、誰を推しているのかもすぐわかり、
ファン同士の交流も始まっていく。
まさに狙い通りだ。
平成・令和時代のアイドルと違い、清や小春などは自分の家、つまり団子屋や反物屋にいる。
そうなるとファンは当然、その店に集まる。
しかし、団子屋はともかく反物など高価なものをポンと買っていく人間ばかりでない。そうなるとただ単に商売の邪魔だ。
「おい、裏に言ってろ」小春などは父親から店にあまり出ないように言われるほどになった。
とはいえ、千代町娘の宣伝もしたいし、きちんと商売もしてほしい。
そういうところに使ったのが、時太郎のメンバーの写実絵だ。
時太郎が描いたそれぞれのメンバーの写実画を家に置くと、ファンが店に来て、メンバーが居なくてもがっかりしたりせずに、団扇を買っていく。
そして、その団扇を持ってライブにくるのだ。
こうして、僕が当初言っていた、参道に人を呼び戻す、というのが徐々にだが成果として現れたきた。
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