第19話 宣材写真
お祭りによるプロモーションはうまくいったようだ。
その後、小屋にはバラバラと人が来るようになった。
舞台が始まると、観客は思い思いに手を叩き、声を掛けている。
なかなか平成・令和時代のように、キレイな声援や応援というのは出来ないものだな。
とはいえ、僕らもカラオケで他の人が歌っている時には、タンバリンを叩いたり、拍手するくらいで特に整然と声援できないのだから、そんなものなんだろう。
僕は次の手を考えていた。
このままだと見に来た観客はチケット代を払っていくだけだ。
観客たちにこの舞台を見た記念とかになるようなものが無いか。
それが売上に貢献し、さらには参道でも活気をもたらしてくれるといいのだけど。
平成・令和時代で考えれば、やはりグッズ販売といったところだろう。
アイドルの写真がついたTシャツとかマグカップとか。
竹下通りとかに沢山あるようなぁ。
しかしながらこの時代、当然ながら、写真や印刷技術がないので、
そういったものが出来ない。
はて、どうしたものか。
「写真に代わるものか…」
何とか自分で作れないかな?
子供のころ、ピンホールカメラというのを夏休みの宿題で作ったことがある。
箱に小さい穴をあけておき、紙などでその穴の上にふたをする。
そして箱の中に印画紙を入れて置き、穴のふたを一瞬だけあける。
すると印画紙は穴の開いたところの風景に合わせて感光する。
それで写真の完成だ。
これを思い出した時は「やった!」と思ったが、
感光する印画紙が無い。
色々なところに印画紙が無いか聞いて歩いたが、
そんなものは無かった。
よく考えれば、印画紙が普及するのはカメラの普及と一緒だろうから仕方ない。
確か印画紙を作る方法もあったはずなんだけどなぁ…
ネットの無いこの時代では調べることも出来ない。
あーGoogle先生に聞きたい…
せめて僕が写真関係の専門学校出てるとか、理系の学部出てるとかだったら
少しは何とかなったのかなぁ。悔しい。
なんて考えていると、あぜ道にでた。
以前、少年が絵を描いていたあぜ道だ。
そうだよな、あの少年が描く風景がのように、実物に近い人物画が描ければいいのに。
この時代の人物がは全部、浮世絵風なんだろうな。
あれだとアイドルとして躍動感のある千代町娘の良さは出ない。
写実的な絵なら、写真と同様に使えるのになぁ。
うーむ。 うん?
だったら、あの少年に千代町娘を書いてもらえばいいじゃないか。
そうだ、そうしよう!
我ながらグッドアイデアだ。
僕は慌てて団子屋に戻り、清にきいた。
「あのあぜ道で絵を描いている少年をしらないか?」
「少年? あぁ、時太郎のこと?」
「時太郎、というのか、どこにいるんだ?」
「え、参道にいるわよ。」
「え、この参道の家の子なのか!よし!」
「違うわよ。表の参道。あの子は、越後屋の丁稚よ」
「え、越後屋?」
よりによって。越後屋とは。
僕は清に時太郎に千代町娘の絵を描かせて、ライブのグッズを作りたい話をした。
「舞台の記念品ねぇ。いいと思うけど、越後屋に頼む訳にはいかないわね」
そりゃ、そうだな。
「時太郎にこっそり頼んだら、どうかしら?」
「そんなこと出来るの?」
「あくまでもこっそりね。」
清は意味ありげに笑うと、団子屋を出てどこかに行ってしまった。
2時間ほど経っただろうか、清が定吉を連れて、団子屋にやってきた。
「水上さん、時太郎連れてきたよ。話も大体しておいたから詳しい話をしてやって。」
え?そうなの?
「えーと、時太郎くん、千代町娘、知っているかい?あの芝居小屋で歌っている」
こくん、と時太郎が頷く
「彼女たちの絵を描いてほしいんだよね。出来るだけ本物に似せて。
出来るかい?」
また、こくんと頷く。
「越後屋さんの丁稚なんだろ?大丈夫かい?」
時太郎は今度は頷かず、清の方を見る。
すると清がこんどはこくんと頷き、それを見た時太郎もこくんと頷く。
これは清が話を通したようだ。
どうやったのかな。
他に手は無いのだから、これ以上の詮索はやめよう。
「よし、では千代町娘をひとりずつ集めるから、一人ずつ描いてほしい。
あと5人いっぺんのも1枚描いてほしい。」
そういうと、時太郎は再びこくんと頷いた。
「あ、御礼は…どうしようか?」
何といっても団子屋に居候の身。こればかりは僕の方では何とも出来ない。
清の方をみると、清はあっさりと
「御礼はいいって。時々舞台がみれれば、良いみたい。」
「え、そうなのかい?時太郎くん。」
すると時太郎はまたもやこくんと頷いた。
年ごろの子供もやはり話題の千代町娘を見たいのだ。
僕は嬉しくなって、「それじゃよろしく頼むよ」と時太郎の肩を叩いた。
時太郎は今度は頷かず、僕に叩かれた肩を痛そうに見た。
実際に時太郎に千代町娘を描かせてみると、時太郎の画力はものすごかった。
一人にかける時間はそれほど長くなく、30分程度でデッサンが終わり、
30分程度で彩色が終わる。
すると、生きているような、溌剌とした女の子の絵が紙に現れるのだった。
「すごい。」
「素敵。」
描いてもらった千代町娘のメンバーも一様に感動している。
実際に写真を撮ったとしてもここまでのものにならないだろう。
しかも時太郎は、個々のメンバーの特徴をよく捉え、さらに少しだけ長所をよく書いたり、短所をさりげなく消したりと、実物よりもよくしてくれた。
「あたし、結構美人ね。」
小春が冗談のようにそういったが、満更でもないと思っているに違いない。
1時間近くかかる作業なので、時太郎は一気に描き上げることは出来ずに、
毎日一人ずつ描いては、越後屋の仕事に戻っていった。
4日間が過ぎ、葵の番になった。
描き始めて30分が過ぎたころ、清が様子見を兼ねて、団子を持って
葵を書いている小屋に行った。
戻ってくると、清が僕に笑いながら言った。
「全然、出来てない」
「え、全然出来ていない、ってどういうこと?
毎日30分くらいで大体のデッサンが終わっていたじゃない。」
「さぁね。」
僕は清の態度が変だとは思いながら、小屋に確認しにいった。
もしかして、5人目で描くのに飽きてしまったのであろうか。
小屋の扉をガラリとあける。
「どうだい?進み具合は?」
と時太郎に話しかけ、絵を見る。
確かにこれまでの半分も進んでいない。サボっていたのか、と思って絵をみると
随分と書き直したりした様子がある。
これまではこんなに修正があったようには思わなかったけど。
「どうした、時太郎、葵が描きづらいのか?」
「とんでもねぇ、おいらが下手なだけだ。」
その反応を見て、僕は分かった。
時太郎は葵が好きなのだ。だから出来るだけうまく描こうとして、
デッサンに時間がかかっているのだ。
清も恐らくそれが分かったのだろう。
僕はにやにやとしながら
「じゃ、時太郎、頼むぞ。葵、もう少しの辛抱だからな。」
と二人に声を掛け、芝居小屋を出た。
なるほど。時太郎が無償でこの仕事を受けたわけだ。
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