第15話 戦力アップ
彼女たちは翌日から、練習を再開した。
今まで以上に力が入っているように見える。
やはり、実際の舞台に立った緊張感と責任感、そして高揚感
といったことなんだろう。
いやぁ、いいねぇ。
これでもうプロデューサーとしての役割は終わり、って言いたくなるが、
今回は身内と無料券で満員御礼にしたことを思い出す。
タダじゃなかったら入るかねぇ、お客さん。
自問自答するが、どう考えてもそうはいかない。
当然、ガラガラになるだろう。
少しでも有料入場客を増やすことが命題だな。プロデューサーの。
まずは基本の告知から。
ポスター作りですね。
と、ここで重要なことに気づいた。
あれ?入場料、いくらにすればいいんだ?
よく平成・令和時代では、大卒の給料がいくら、とかいうけど
そもそも僕が給料をもらったことが無いから、分からないな。
バイト代ならわかるけど。
ま、いいかバイト代の比較で。
「清ちゃん、一日僕が団子屋で働いたとしたら、いくらくれる?」
「え? あんたウチで世話になっておいて、更にお金とろうっての?」
「あ、いや、そういうことじゃなく、芝居の入場料を決めるのにあたって
男が1人使用人で働いたら、いくらぐらいかなって。」
「あぁ、そういうこと。相変わらず、記憶喪失がひどいのね?
そういう普通のことも思い出せないんだ。ふーん。
えーと大体、使用人が1日働くと銭150文(もん)から200文くらいかな。」
へぇ、そうなんだ。1文が30円くらいだ考えると大体合うかな?
「とすると、芝居を一回見るのに払うお金は…」
「そうねぇ。ちゃんとした歌舞伎とかは高いのは銀30匁(もんめ)とか聞くけど。」
「銀30匁? 銭でいうといくらくらい?」
「銭2000文くらいかな」
えー、6万円?高くねぇか。歌舞伎。
あーでも、令和だっていい席はそんなもんなのかな?
見たことないから分かんないけど。
「食べ物でいうとどんな感じ?」
「蕎麦がいっぱいで銭20文しないくらいかな。」
やはり1文=30円が妥当みたいだな。
「じゃ、芝居1回1000文くらいでどうかな?」
「うーん、高いような気もするけど。」
なるほど。
「じゃ、定価は1000文で、初回公演だけ700文にしよう。」
「随分と割り引くね」
仕方ない。
これで儲かるかな?
儲かったら、小屋の家賃も払う約束だからな。
まずはこれでいってみよう。
入場料の決まったポスターではあったが、
そもそもでこの時代、写真が無いのが一番大変。
ポスターのメインが無いんだからね。
仕方無いので、キャッチコピーのみとなる。
「話題騒然、ご当地歌手誕生」とか「祝登場、歌と芝居の娘達」など
よく考えると、ん?と思うようなコピーだ。
「こんなんで来るかな?」清がストレートに聞く。
この年頃は遠慮ってもんをしらんな。
「当たって砕けろ、だよ」
プロじゃないので、考え込んでもしょうがない。
思いつくままに書いては団子屋や番傘屋を始めとした裏参道の店々に貼ってもらった。
数で勝負だ。
とはいえ、こんな告知で人が集まるなら、苦労はない。
今後のこと考えると、無料券をばら撒くわけにもいかない。
だけど、観客が全然いないところで歌わせるっていうのも、気が引ける。
結局、僕はこれと言った手だてを思いつかないまま、それでいて何もしない訳にもいかないので何枚かのビラを書きなぐり、それを参道で行きかう人たちに配る。
とはいえ、元をただせば、人が参道にいないから舞台を始めたのだ。
そもそも参道を歩いている人が全然いない。
従って、ビラを貰ってくれる人も全くいない。
それでも数少ない通行人にビラを渡す。
「こんどの日曜日に歌と芝居をやります。一度見に来てください」
「女の子5人組の新しい芝居です。どうぞ観に来てください」
といいつつ、ビラを渡す。
こりゃ、厳しいね。
あーあ、砂漠に水撒いている気分。
と思っていると、僕のビラを自分から、さっと取り上げる人がいる。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします。」と声をかける。
僕のビラを取った男が、ビラをじっと見て、そして僕の方を見直す。
「あっしに手伝わせてくれないすか?」
「ん?何を手伝うって?」
「千代町娘を…す。」
おぉ、グループ名を知っている
「前回の舞台を見てくれたんですか?」
「はい。最初は見てられないくらいバタバタしてたんで、こりゃ酷いな、
今回限りだな、と思ったっす。。」
悪かったな。
「でも5人とも一生懸命で、何とか次の舞台をさせてあげたい、そう思ったっス。。
あっしは音楽とかは何か出来る訳ではないスから、すこしでも、そう、こういう風に告知するとか何かお手伝いが出来ないスかと思って。」
スースーいうな。
でも、ありがたい。
確かに人手は必要だ。
前回は基本無料だったので、受付も置かなかったが
今後はチケットのもぎりだって、必要だ。
小道具の出し入れだって出てくるかもしれない。
でも。先立つものがね。
「でも、お金は払えませんよ。」
ここだけははっきり言っとかないと。
「分かってるっス。なのであっしも仕事の合間に手伝わせて頂きたいス。」
「分かりました。ありがとうございます。ぜひ、お願いします。
あの、お名前は?」
「竹岡八兵衛と申すっス。隣町で酒屋の見習いをしておりっス。」
「私は陣内です。縁あって、団子屋で世話になりながら、芝居小屋の運営をしております。
八兵衛さん、それでは早速ですが、この宣伝の紙を八兵衛さんの酒屋さんに貼ってもらえるようお願いしてもらえませんか?」
「おう、がってんス。」
がってん、って本当に言う人初めて見たな。
合点(がってん)した八兵衛さんは、宣伝ポスターを手に足早に去っていった。
一度あることは二度ある。
その後も同じように手伝いたい、という人が二人も出てきた。
人力車を引く松尾さんに、蕎麦屋の笹川さんだ
松尾さんは屈強な体に似合わず、吃音、つまりどもりのため、早口で喋れない。
「ち、千代町娘の、た、ために、は、働きたいんだ」と最初言われた時は、
ちょっと心配だった。
でも、その話しぶりのように、朴訥で真面目な人柄のようだ。
笹川さんは蕎麦屋だ。
実は公演の前に腹ごしらえをしようと蕎麦を頼んだのだ。
そのそばを届けに来た際に、そのまま公演をみて感動したらしい。
「蕎麦を持って行ったっきり、帰ってこない、って親方から随分怒られましたよ」
と後で笑っていた。
八兵衛さんと違い、こちらも真面目そうなので、戦力になりそうだ。
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