第12話 千代町娘誕生
何日かひにちが経ち、彼女たちは何とか覚えた曲に、それなりに踊りを組合せはじめた。
「ねぇ、陣内さん」
「ん、どうした清?」
「この芝居小屋、舞台はないのかい?」
清の言う通り、この小屋は芝居小屋とは名ばかりで、壁と屋根しかない何にもない
がらんどうの小屋だった。
確かに徐々に整備していかないと、客にみせられるようなものではない。
「そうだな。おいおい何とかしよう」
僕が得意の後回し作戦を切り出すと
清は「ダメダメ。舞台がないと、どこまで踊っていいのか、どこまで動いていいのかがとんと分からない。動きが決まった後に舞台のせいでやり直しになったら意味ないよ。」
正論だ。
これはどうしたものか?
「あの…」
ん、五月どうした?
「お父さんに頼んでみましょうか?」
え、お父さん?
「大工ですから。今、社の仕事もないのでそんなに忙しくないし」
なるほど。その手があったか。
五月が家に戻り、舞台をつくるよう大工の父親にたのんでくれた。
娘の頼みをないがしろにする父親というのは、いつの時代もいないものだ。
五月の父親も例に漏れず、仕事そっちのけで舞台づくりに来てくれた。
大工にしてみれば、舞台づくりなど大したことないようで、
1日で舞台をあっさり作ってしまった。
出来上がった舞台に上るとやはりテンションが上がってくる。
すこし高いだけで、目線が変わるからなのか。
ライオンキングでも歌えそうな気がしてくる。
いいねぇ、舞台。
「ねぇ?陣内さん」
「ん?どうした清」
「この舞台。舞台しかないね。」
ん?その通りだ。
普通は舞台の両側に袖と言われるところがあって、
出演者が待機したりしている。
袖には布が舞台の上からぶら下がって、舞台と待機場所を分けている。
袖布か…
「あの…」
ん?小春どうした?
「お父さんに頼んでみましょうか?」
なに?お父さん?
「反物屋ですから。使っていない布も沢山あると思います。」
なるほど、その手があったか。
小春は家に帰ると父親から反物を預かってきた。
それを舞台の両脇の天井から吊るす。
何とも見事な舞台袖だ。
更に余っていたという量ではないと思うほどの布も貰い、幕も引けるように取りつけた。
(あ、取り付けたのは大工である五月のお父さんだが)
これで舞台の転換も大丈夫。
一気に芝居小屋らしくなった。
* * *
毎日練習していると、さすがに清もみんなも上手くなってきた。
バラバラだった踊りも、統一感がでるようになった。
踊りは僕は全く分からなかったので、プロデューサーとして一つだけ彼女たちに
指示をした。
それは、踊りを合わせること。
僕もそうだが、一般の人はよほど上手い踊りとか、アクロバティックな動きでないと踊りの良しあしはあまり分からない。
これは踊りを本格的にやっている人はこういうことが逆にわからない。
玄人の演技は彼女たちは求められないのだ。
何て言っても、身近なアイドルだからね。
素人でもわかる踊りは、5人の動きに一体感が出ることだ。
つまり、同じ踊りを5人が完全にシンクロすれば、それは素晴らしい、
と分かりやすい筈。
そこから先の個々の踊りや振り付けは、音楽や踊りのスキルによって変わってきてしまうので僕は踊りの大部分で5人のシンクロを求めたのだ。
すると彼女たちも踊りの一番うまい小春に合わせるようになり、
小春も自分だけが飛ばしたりとかはしないようになった。
いやぁ、プロデューサーの腕がいいことが分かっちゃうエピソードですな。
これなら人に見せられるような気にもなってきた。
ある日ついに
「よし、君たちを公開しよう」と彼女たちに言った。
「やった~」
5人とも毎日練習ばかりだったので、うれしそうだ。
清もニコニコしてやってくる。
「私達の名前みたいなのは決めてるの?」
あぁ、勿論決めている。
「愛獲留、じゃないの?」
「いやいや、それは歌って踊る人達全体を指す呼称なんだよ。
いってみれば職業みたいなもんだな。」
「ふーん、じゃ名前はどうなるの?」
「この町はなんていう名前だっけ?」
「ここ?ここは千代町よ。」
「じゃぁ、千代町娘。」
わぁ、という声が上がる。
「あの…」
隣町から加入してくれた葵だ。
「私、千代町じゃないけど。」
「分かってる。でも隣町までいれて千代町のエリアなんだろ?」
「えりあ?襟足のこと?」
「あ、いやいや。千代町方面というか、千代町地区というか、そういうことなんでしょ?」
これは、僕が周囲の町の人に聞いたから間違いない。
つまり、逗子も鎌倉も辻堂も湘南、というようなものだ。
そして、逗子の人も辻堂の人も、「俺は湘南だから」と言いたがるもの。
これは江戸時代でも一緒でしょ。
だからこの辺をまとめて千代町でいいでしょ?
「そうだけど。いいのかな。あたしも千代町娘で。」
「いいのよ、そんな細かい話気にしなくって。」
清が大きい声でそういうと、葵も納得できたように、
「千代町娘なんて、うれしいな。」と笑った。
こうして僕の愛獲留グループ「千代町娘」は誕生したのだ。
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