第7話 競合の出現
ある日、清が慌てたように戻ってきた。
「越後屋に沢山の人がいる」
なに?何がおこったのか?
僕と清は慌てて表参道に向かう。
越後屋の水茶屋には、清が書いたのぼりの倍くらいの高さの大きなのぼりが
立っていた。
そして、そこには『元祖たぴおか飲料。日本初食味』と書いてあった。
なんじゃ、こりゃ?
元祖?元祖ってなんだよ。
「え、越後屋って団子もつくれるの?」
「多分、どこかの団子屋に作らせているのよ。そもそもがそんなに難しい料理じゃないし」
そりゃ、そうだ。
僕らが適当に作れたくらいなんだから。
しかし、パクった上に「元祖」ってどういうこと?
そこにちょうど越後屋の主人がいる。
僕は思わず叫んだ。
「おい、こら、越後屋、元祖はこっちだぞ。」
「ふん?何の証拠があって、そんなこと言ってるんだ?うちが元祖だぞ。
ここに書いてあるだろ、がっはっは。」
うーむ。確かに、特許を出したわけでも、商標登録したわけもない。
ここで言い合ってもしょうがないのか。
うちが元祖、いやウチが元祖だ、とまさに水掛け論だ。水茶屋だけに。
なんちゃって。
しかし、しばらくみていると、うちの団子屋と全く違う点に気づく。
お客が全員男だ。
タピオカジュースを男ばっかりで飲むか?普通。
それじゃ原宿じゃなくて新宿2丁目だぞ。それじゃ。あ、偏見か。
うちの団子屋は清の友達の小芝居がからスタートしていることもあるし、
そもそも、僕がタピオカといえば女性と思っていたので、ほとんどが女性客だ。
どういうこと?
僕が疑問に思っていると、清が指をさす。
そこには艶やかな着物を着た女性が立っている。
「はい、にいさん、たぴおか飲料1つね。 あら、こちらのにいさんはもう
飲み終わったの?もう一杯いかが?」
なるほど。そういうことね。
タピオカのガールズバーとでもいえばいいのか?
しかもそのガール、清には悪いが、大人の魅力だ。
しなを作って男たちから注文を取っている。
いわゆる看板娘というべきか…。
僕がぼーっと見ていると、清が僕の足をバンと蹴った。
「痛っ」
「帰るよ」
はい。
これはマズイ。また次の手を考えないといけない。
結局たぴおか作戦は失敗だった。
あれからしばらくすると、たぴおか飲料目当ての客は、8割ほどが
越後屋に流れていった。
そして、それからたぴおか飲料自体も段々と廃れてきた。
僕は団子屋の自分の部屋としてあてがわれた2畳ほどの狭い場所で
膝を抱えていた。
越後屋がパクることを想定していなかった。
そもそも越後屋がパクらなくても、誰かがマネしたかもしれないし、
正直いえば、そこまで物凄く売れていた訳でもなかった。
僕は江戸時代をナメていたのかもしれない。
自分は未来から来たんだから、成功するに決まっている。
何てたって、未来で成功したものを知ってるんだから、って。
でも物事はそう簡単じゃないんだな。
何でだ?
そりゃそうか。
令和時代だって関東で人気のものが、必ずしも関西で流行るわけじゃないもんな。
しかも、よく考えてみれば、別に江戸時代に来たからって、僕の能力が上がったわけじゃないんだ。
未来のことを知っているからって、江戸時代のことを知らないんだから、
実はプラマイゼロなのかもしれないなぁ。
あーあ、医者とか歴史学者とかだったら、色々偉そうに指導できるかもしれなかったな。
ま、そもそもそんなんだったら、令和時代でも就職に悩むことなんかなかったよ。
そういう無いものねだりばっかりしてんだなぁ。僕は。
これなら令和に戻った方がいいかな。
どうせこの時代にいても大した役にたたなそうだし。
大体、何でこんな時代に来ちゃったんだろ。
確かに、100枚もエントリーシート出して、軒並み面接で落とされている時には
こんな時代には生きたかない、と言ったよ。
昔に戻りたい、とかも言ったよ。
言ったけどさ、だからって江戸時代に送られる?普通。
そういう意味じゃないのよ。
神様とか、そういう時代をつかさどる人が、僕をこの時代に送る必要が
どこにあったのよ。
僕じゃなくても良かったんじゃないかなぁ。
…いかん、いかん。
ネガティブ思考の癖がでてる。このネガティブさがよくないのだよ、僕の場合。
就職課のアドバイザーのそう言ってた。
折角ここにいるんだから、今できることをもう少し考えてみるか。
どうせ令和に戻る方法もわからないから、簡単には戻れないし。
うん、そうしよう。
失敗は成功の母だ。
100回エントリーシート送っても、成功の母は微笑まなかったけど。
江戸時代では微笑んでもらおうじゃないか。
ここで何かをやり遂げるしかないのだ。逃げる場所は僕にはない。
僕は自分の顔をパンパンと叩く。
よーし、やるぞ。
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