第4話 参道の危機

銭湯から戻ると娘はおじいさんに僕の状況を説明していた。

あの人、かなり頭打ってるよ、そんな感じだ。

そりゃ、そうだ。

僕だって一緒に風呂に行ったやつがシャンプーの使い方教えてくれ、

って言ったら、ヤバいやつだと思うもの。

おじいさんは、娘の話を一通り聞いたあと、

「飯くうぞ」と僕に声をかけた。

焼き魚と白米だ。

僕が、おお白米、と思っていると

「おお、白米」と娘が言った。

白米はこの時代だと珍しいのかな。

「中村様が、この男を預かってくれる御礼に、この米を持ってこられた。

何とも偉いお方じゃ。」

そりゃ、偉いお方じゃ。

さて、とおじいさんは改まったように言った

「どこから来たのか、全く憶えとらんのか。」

「はい。スミマセン。」

「名前だけか、憶えておるのは?」

「はい。あ、いえ、年齢は。今23歳になります。」

「何?ずいぶんと幼く見えるの。さすがに元服はしているのじゃろうと思っておったが。」

あぁ、やっぱり。

令和でも年相応に見えないのだから、江戸ではそうだろうね。

「総髪じゃけん、お侍だったってことはなかろうが、何をしておったのかのぉ」

総髪というのは、多分ちょんまげじゃない、ってことだな。

ロン毛でよかった。あんまり違和感ないんだな。

僕は肩にかかるほどの髪の毛に感謝した。

「こちらはおじいさんの娘さん、ではなくてお孫さんですか?」

「おお、そうじゃった紹介もせんで悪かったの。その通り、これは

わしの孫じゃ。清と申す。」

「よろしくお頼み申す」。清がぺこんと頭を下げる。

よろしくって、もう一緒にお風呂入った仲ですけどね。

「元々は清の父親が団子屋だったんじゃが、団子屋がうまくいかなくなったもんで、もうずいぶん前に長崎から船に乗るようになったんじゃ。

ある時、船が台風で座礁したらしい。それきり父親は帰ってこん。

母親は清を生んだ後、体を壊して亡くなった。

だからわしらが清を育てとる、というわけじゃ」

何とも、泣ける話だ。

「お二人で育てるのは大変でしたでしょう?」

「そうじゃな。じゃが、昔はこの辺も賑わっておってな。団子屋も繁盛しておったので金銭ではあまり不自由しなかった。

じゃからそれほどは苦労なかったのじゃが、最近はめっきりでな。

せめてあと少し、清がお嫁にいくまではしっかりと働きたいのじゃが。」

「お嫁にいく?今いくつなんですか?」

「15歳じゃ」

お、ビンゴ。

「最近はお団子屋さん、厳しいんですか?」

「ここらは、長い間、神社の参道に行く道で、沢山の店が並んでいたのじゃが、

ある時にもう1本向こう側に突然参道が出来たんじゃ。

その参道に合わせて新しい店が軒を並べたお陰で、こっちの元々の参道がさびれてしまった、という訳なんじゃ。清の父親が団子屋をワシに任せて、船に乗ったのもそれが元じゃ。」

むむ?大規模ショッピングモールが出来ると周辺の商店街がさびれる、

みたいなもんだな。

「参道が急にできるなんてことがあるんですか?」

「わしも今まで聞いたこともない。」

「裏があるのよ、きっと。」黙っていた清が口を開く。

「だっておかしいじゃない。参道があるのに、急に参道が出来たばかりか、

こちらの参道の入口が閉鎖されるなんて。」

「え?閉鎖されたの?この店の前の道」

「最初は完全に閉鎖だったんじゃ。わしらも閉鎖されたのでは、参道じゃなくなる、と神社に言いに行ったんじゃ。参道でなくなると客なんか来んからな。そいで押し問答を繰り返して、何とか裏参道にしてもらった。」

「裏参道?昔からやっているのに?」

「妙な話じゃ。」

爺さんはため息をつく。

「新しい参道の入口に水茶屋があるのよ。大きい。」

「水茶屋?お水売ってるの?」

「馬鹿。水だけ売って、金になる訳ないでしょ。休憩所よ。お茶を出したり」

あぁ、そういうやつ。

「そこのおやじが神社をだまくらかしたのよ。」

「だまくらかした?」

清によると、神社は古くなってきた社を建て替えようと、地元から寄金を募っていた。

もちろん団子屋も僅かながら寄付したらしい。

その時に、水茶屋のおやじがバンと金を出した、ということ。

それだけなら、気前の良いおやじの男気だけだが、そうはいかなかった。

従来、神社などへの寄金は、当然、寄付である。

神社もそのつもりで、社の建て直しを行ったのだが、社が出来上がった時に、水茶屋のおやじはおやじは金を貸しただけだ、と言い張った。その覚書もある、と。

つまりは体のいい詐欺である。

困った神社は、元々もっていた神社に隣接する土地を水茶屋に譲渡することで、話を付けた。

更に水茶屋は土地をタダで手に入れただけでなく、参道をつくることを条件にした、という訳だ。

「そういうことで、新しい参道が出来たの。そして元々あった参道を潰すことで、自分の店を流行らせた、ってことね。」

なるほど。

よく出来た詐欺だ。

でも詐欺はいけない。

ここは僕の出番じゃないか?

こういう悪いヤツらをぎゃふんと言わせる為に江戸時代に来たのかもしれないな。

よし、見てろよ、清、僕が詐欺のヤツに鉄拳をお見舞してやるぜ。

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