第3話 団子屋と風呂

僕が連れていかれたのは、明らかに団子屋だった。

時代劇ドラマに出てくる、わらぶき屋根の家の前に赤い傘、そして赤い敷物を引いた長椅子がおいてあるような、ザ・お茶屋という感じの団子屋だった。

その団子屋にはおじいさんとおばあさん、そして現代でいえば中学生くらいと思しき女の子が一人いた。

ちょんまげ君はおじいさんに、僕のことを説明し、何とか面倒みてやれ、

と言ってくれている。

おじいさんが渋々わかりました、と言っているのが聞こえ、ホッとした。

そして、ちょんまげ君が戻ってきた。

「おい、お前。この団子屋に世話になれ。記憶は無くても、力仕事とかは

出来るであろう。

しっかり働いて奉公するのだぞ。良いな。」

「はい。ありがとうございます。」

本当に感謝したので、心からのありがとうが言えた。

人生で3回目くらいかもしれない、本気のありがとうだ。

「うむ、そういえばお主、名前は憶えているのか? 名は何という。

 何をして暮らしてたのかも、覚えおらんのか?」

あ、名前か。

「陣内誠也です。」

職業は学生、三流大学の経済学部。

只今就活中ですが、100社近くエントリーシートを出しても

いっこうに面接までたどり着けておりません。

今日は砂浜で倒れておりましたが、実際、就活という波にもまれ、転覆寸前です。

と言っても通じないだろうな。

「仕事は…憶えてません。」

「仕事は憶えておらんか。名前は、陣内?けったいな名前じゃの。

まぁ、良い。おい主人、陣内という名だそうだ。

名は…知らない、いや、陣内、いや、知んない。はっはっは。」

いつの時代も寒いギャグを言うやつはいるらしい。

団子屋の主人も困っている。

そんな気配を察したのか、ちょんまげ君は身支度をし始める。

「あ~、え~それでは、何か困ったことがあれば奉行所にくるのだぞ。

そのうち記憶も戻るだろう。」

と言って去っていった。

残された僕は、団子屋のおじいさんに改めて御礼をした。

「急に面倒を見ていただくようなことになり、誠にありがとうございます。記憶も無ければ、手持ちのお金もないので、何かお手伝いをさせていただきたいと存じます。」

「うむ。まぁ、しょうがない、中村様からお願いと言われては断るわけにもいかん。

手伝いと言われても、なぁ。まぁ、まずは風呂に入って、その砂だらけの服を着替えてくれ。」

言われてみれば、確かに砂だらけだ。

砂浜で倒れていたのだからしょうがない。

とはいえ、急に風呂に入るというのも気が引けて恐縮していると、おじいさんは

娘に向かって

「そいつを風呂に連れて行ってやれ。そして、わしの昔の着物を貸してやれ。」と指示し、自分は店の台所の方に消えていった。

娘は一旦部屋に入り、箪笥から着物を取ってきた。おじいさんの昔の着物、というやつだろう。

僕に入るかな?そのサイズ。

「こっち。」娘が指をさす。

なるほどこちらに風呂があるのか、と思ってついていくと外に出た。

確か、昔の家はトイレが外にある、と聞いたことがある。

なるほど、風呂も外にあるもんなのか、露天風呂だね。きっと。

娘は僕のことなど気にせずずんずん進んでいく。

僕も何も言わずについていくと、家を出て通りに出た。

ありゃ?どうなってるのかしら。

そのままついていくと、何のことはない銭湯についた。

「あれ?銭湯なの?」

「銭湯、嫌なのか?」

「いや、そうじゃないけど、家に風呂ってないのかい?」

「家に風呂があるのは、金持ちだけだ。」

そういうものか?

後で聞いたのだが、この時代に家に風呂がある家はほとんど無いらしい。

薪で火を沸かすので火事になりやすい為、防火の意味で風呂がある家が無い、

とのことだった。

何にせよ、江戸時代の初の銭湯体験だ。

ワクワクする。

娘は入り口を入り、お金を払っている。いくらくらいなのかな、全然わからない。

そして持っていたおじいさんの着物を僕にくれると、娘は突然、自分の着物を脱ぎだした。

わお、恥ずかしい…って、 え? どういうこと?

周りをみるとおじさん達にまぎれて、おばさんや若い女の人もぱらぱらいる。

そういえば、入り口にある男・女の暖簾を見なかった。

もしかして、混浴なの? 江戸時代って。

そんなこと日本史の授業で習わなかったぞ。

黒船来航ペリーもびっくりだ。

こういうことを教えてくれるなら、日本史に興味もったかもしれないのに。

呆然としている僕を置いて、娘は浴室に入っていく。

浴室といっても、脱衣所と浴室は現代の銭湯のようにガラス扉とかがある訳では

なく、仕切りがない。すぐに浴室だ。

慌てて娘に付いていくと、さすがに娘はちょっと嫌そうな顔をした。

その顔に気づかぬふりをして周りをみていると、どうやら体を洗う前に湯船に入るようだ。

沢山の人が湯舟に入っている。

では、僕も失礼して。

足を湯船にいれると、じんわりと温かいお湯。うーん。

「あっちぃ!」

思わず、大声をだす。周りの男たちが、僕を見て笑っている。

団子屋の娘も笑っている。

ハハ。江戸っ子はやはり熱いお湯が好きなのね。

徐々に体を慣らして、ようやく湯船につかる。

ゆでだこになりそう。

これは長湯はできないな。

しかしまだ明るいうちだというのに、結構な数の人が風呂に入っている。

団子屋の娘も気持ちよさそうに入っている。

あんまりじろじろ見ると悪いような気がするので、周りを見渡す。

みんな体を洗ったりしているけど、あれ石鹸かしら?

シャンプーは…無いよな?

そう思っていると娘が湯船を出て、体を洗い始める。

僕もその横に座る。

娘が何かを手に体をこすっている。

「それ何?」

「これ?これは糠に決まってるだろ」

「ぬか?米ぬか?」

「え、そんなことも記憶喪失だと分からなくなるの?」

娘はかなり驚いたように言う。

だた、その後丁寧にやり方を教えてくれた。

その後も銭湯では髪の毛は洗わないと注意されたりしたが(既に頭からお湯をかぶった後だったが)何とか無事に風呂を終えることが出来た。

脱衣所でおじいさんの新しい着物に着替えると、すっきりする。

江戸も令和も風呂はいい。日本人にはいつの時代にも風呂が合うのだ。

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